最終章最終節「因果大戦」十(その道の名は希望)

▲これまでのブッシャリオン▲

大僧正の遺言に基づき、謎の徳遺物「マイスタージンガー」を探す道中、対仏大同盟の襲撃を受けたガンジー達。

弐陸空海を奪われ、絶体絶命の状況でクーカイは何を思うのか。


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 時間を作る、と言っても。その先に何かが在る訳ではない。

 ただの苦し紛れかもしれない。

 だが、それでも予感だけはあった。クーカイの異能が囁くのかもしれない。

「いや……それなら、空海達かれらのほうが感じているのが道理か」

 ならば、この「感覚」はきっと、俺だけのものだ。これまで幾たびも修羅場を潜り抜けて来た、だけの。

「よく聞け!!」

 そうして、彼は声を張り上げる。一瞬、対仏大同盟の動きに戸惑いが生じた……ように見えた。気のせいかもしれない。

「そのお前達が捕まえたモデル・クーカイは、『一人では用を為さないぞ』」

 クーカイは、叫んだ。

 それは、端的に言えば。嘘だった。

 第一義的な虚偽としての嘘は、功徳思想の浸透以来、衰退して久しい。駆け引きの類が無くなったわけではないが。しかし、それらを差し引いても、これは本来、「無い」手だった。

 なにしろ、普通の得度兵器は、喋らない。それは、言葉よりも雄弁に物事を知る術を持っているからだ。

 十全に働く機械知性は、人の知覚をとうに超えたセンサと、膨大な演算容量を以て。真実、仏眼の如く世界の偽りを暴くからだ。

 故に、それを「騙そう」と思えば。例えば、街を守る護符、或いは第二位が用いたハッキングのように、もはや仕様として組み込まれた制約やバックドアを用いる他になく。

 仮に、ネットワークからの切断に加えてノイラのようなハッカーが居れば、一時的に騙しおおせることはできよう。だが、それで何か大勢に影響を与えられるわけではない。

 それ程までに、本来の人と機械知性の差は開いている。

 だが、目の前の存在が、それとは「違う」ならば。全能ではないならば。人に近しいものならば。

 時間稼ぎ程度は、できる!

 ……というのが、彼の目論見ではあったが。

 果たして、その声を。

 業鏡(ジョウハリ)の異能に於いて、この場の因果を掌握したヤーマが聞き逃す筈はなかった。

 だが、

「その程度のことは、知っているとも」

 抑(そも)、モデル・クーカイの女は、神を降ろすための依り代。既知ブッシャリオンを介して、人在り方へ干渉するだけの触媒だ。

 故に、完全である必要はない。むしろ、寺院都市攻略戦での顛末を知ればこそ。「完成している」などとは思っていない。

 あのモデル・クーカイの言が苦し紛れの戯言の類であることは、状況からしても明らかだ。……だが。だからこそ、疑念は残る。知っているが故に、されど全知ではないが故に。その判断は偏ってしまう。

 純正の得度兵器なら、無価値な情報として捨て置いた筈の言葉に囚われる。そして、言外の意味を「疑って」しまう。即ち、この状況で、その言葉が出た理由を考えてしまう。

(……保険を、確かめるべきだ)

 敗北より学んだが故、彼等の策は無二ではない。計画にはスペアプランを織り込んでいる。

 仮に、モデル・クーカイの確保に失敗しても問題が生じないように。


(フダラク・ベースへ情報連結)


 同志、疑似(デミ)タナカをコール。思考連結であっても、情報量を絞れば個体間の認識差異による汚染は生じない。常用には問題もあるが、非常時ならば無視できる程度のリスクだ。

〈スペアプランの進捗状況は〉

《アー、『仏舎利の集積』は順調です。フレームは76%》

〈ブッシャリオン汚染は?〉

《組み立て作業までは問題なしです。どうされます?》

〈すぐに組み上げられるように〉

 二言、三言。

 これで良い。雑念は消えた。

 ヤーマの足下のジョウハリの鏡は、再び静かな水面へと戻る。

 集中すべきは、あの杖の女。異星よりの来訪者。異種ブッシャリオンの使い手は、どれ程か弱くとも油断ならぬ。

 そして青白い星の瞬きに照らされ、つかの間の安寧に心を奪われ、彼は気付かない。

 水面の内に、それとは別の小さなうねりがあることに。


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「さて、何か打開の手でも?」

 黒衣の女は、肆捌空海を踏みつけにしながらそう宣った。

 クーカイの虚言は彼女にも届いていた。だが、彼女の耳には少しばかり異なって聞こえた。それが、異なる個を持つということに他ならない。

 ヤーマは気にしていないようだが、「一人では用を為さない」ということは。「用を為す手段がある」という言い様にも聞こえる。

「彼女を、コントロールする術……あるなら、教えて頂きましょう」

 肆捌空海は、そもそも弐陸空海の能力発動を目にしていない。故に、『知らない』と答えることは容易い。だが、

(それでいいのか)

 この問い掛けは、悪魔の囁きだ。

 この好機を後に繋げねば、仲間を裏切ることになる。しかし、虚偽を重ねることは、リスクを背負うことでもある。

 単純に、徳が減る、モデル・クーカイにとっての命の危険を負う、などという話は、とうにいる。事前に示し合わせをしたわけではないのだ。襤褸を出しかねないのだ。


 真実と嘘。

 経緯と結果はどうあれ、仲間を喪った負い目。戦いに不在だった負い目。

 赦されたとはいえ、傷は残る。そういうものだ。

(これ以上、裏切れない)

 故に。彼は、唯一つ。「どちらでもない」道を選んだ。

「……マイスター……ジンガー……」

 今の彼等の、旅の目的。

 名前だけでは情報確度は低い。この場は、「何か知っている」と思わせることが肝要だ。

 それにもしも、それが本当に。大僧正の遺した通りのものだとしたら。弐陸空海の力のコントロールも可能かもしれない。


 彼の透った、嘘でも真実でもない道。

 その道の名は、恐らく。希望と言うのだ。

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