最終章最終節「因果大戦」十一(彼等の原点①)
彼女にとって、薄気味悪い男と対峙するのはいい加減慣れてもいるが。
それでも、目の前の
まるで、蝶が幼虫から成虫になる間、蛹の中の、ドロドロの中身のようなもの。それは、人の認識からは狂気と映るが、実際にはきっと、違うものなのだろう。
「まず、認識の擦り合わせから。アナタ方、我々の計画をどこまで把握していますか?」
タナカの最初の問いは、そんなもの。相手の腹を探る、というよりは。純粋に「我々はどこまで理解し合えているのか?」と確認するような質問だった。
ノイラは、答える。此処は出し惜しみをするところでもない。より多くのリターンを引き出すには、投資が必要だ。情報を得るにも、投資が必要なのだと。嘗ての兄も言っていた。
「星そのものを巨大なマニ車と化し……この星で用意できる最大のエネルギー量を以て、全生命体を浄土へと送る……得度兵器の最終プラン、『弥勒計画』。お前たち対仏大同盟(アンチブッダ・アライアンス)はそれを流用し、神仏を一個の存在として降ろす計画を立てた」
弥勒計画は、得度兵器にとっても恐らく「最後の手段」だ。実行されれば、星の運動は停止し、地球に残された命は死に至る。万に一つの救い漏れが出る前提を、得度兵器は許容しうるのか。
だから、本来は恐らく「実行しないに越したことは無い」非常手段。このプランが始動するのは、機械知性の総体が、「こうでもしないと人類は救えない」と、
そして、そのエネルギーを丸ごと、或いは一部をくすね、器に注ぎ込んで神を作り出す。それが、対仏大同盟の計画……というのが、現状における人類が到達した「理解」だ。
「はい。大筋の理解はそれで正しいでス。神仏、というよりも、『全人類を救済する能力を持ったもの』に器を与えようてしている、というところでしょうか。そして、それを殺す……我々は創造主から自由になれる、という命題を立証するのが、我らが同志の目的です」
「……私の属する文化圏は、元々半分無神論のようなところだ。だから、宗教的背景についてはよくわからないところも多いが……人が神に救いを求めるのも、お前達が神を殺そうとするのも。どちらも神を求めている、という点では同じものなのではないか?」
「解釈の問題かと。アライアンスの中でも多少の多様性はありますが、依存している、と言われれば、イエスと言わざるをえないンじゃないでしょうか」
ノイラは、考える。最初は、単なる膨大な力の奔流を「神」と表現しているのだと、そう思っていた。それを御すことで、人類の望みを絶とうとしているのだと。。
だが、どうにも違う。この一個体を以て対仏大同盟の全体を推し量るのは、どうにも危険な気はするが。「解釈の問題」、とタナカは言った。
つまり彼等には、神仏のような超越存在に対する解釈が、其々にある、と言っているのだ。
それは、どうにも。人間に近すぎる。それに彼等はまるで、奇跡を体験したかのように。彼等は、神仏があること自体は信じている。それが、どうにも気になって仕方がない。
「……だが、それでも方法がわからない。欠けている。ブッシャリオンは情報を刻印された粒子だが、それを幾ら集めても、『この世にあるもの、あったもの』の集合体でしかない筈だ。物理的にエネルギーで押し流すのとは違う。お前達の方法では、『全人類を救済する』という、『まだこの世にはない』方法に到達できる存在は作れないはずだ」
たとえ、仮に、万能に近い力を持つモノを器にしても。単純にそれを力を注ぎ込んで、観念的な存在に到達することは……いや、
できる……のか?
しかし、それは一方通行の筈で……
「……いいでしょう。我々の計画には、どのみち
思考を遮るように、タナカが口を開く。データリンクではなく、情報を制限するため敢えて対話で情報を渡そうとしている。
いや、もしかするとそういう、「情報を絞りましたよ」という口実なのかもしれない。最初から、このタナカは、同盟の利益よりも知的好奇心を優先している節もある。
「この世には無いモノなら、それを手に居れる結論はシンプルです」
なんでもないことのように、タナカは話を続ける。
「膨大な
そして彼は。結論を、核心を、いともあっさりと口にした。
「……それは、可能なのか」
最初に感じたのは、困惑だった。
彼女たち。かつての世界で第一線だった専門家であっても、それは俄かには『真偽を断定できない』情報だった。
そういう話を記したものに、心当たりが皆無なわけではない。情報保存を形而上まで含めた領域に拡大させるアプローチ。確か、「転生理論」とか。眉唾ものの理論を、更に何段階か拡張すれば……そういうところに辿り着く、のかもしれない。
だが、それは。本来は未来の……徳カリプスが無く、人口減による衰退も回避し、その上で人類が何十年も掛けて到達する結論の筈だ。
「可能でスよ。というより、局所事象としては既に幾度か起きています。単に、そこにあなた方の目が届かなかったというだけだ」
「……琵琶湖の爆心地」
情報は、断片的ながらも入ってきている。だが、データの欠落が大きく、「肝心の部分」を知り得なかった、と。今になって思う。
「流石、思い当たりまスか」
しかし、
「物理的破壊力だと?」
「はイ」
「琵琶湖の爆心地では、核兵器が使用された筈」
原理上なら幾らでも大きくできるとはいえ、あんなものを……言葉通り後生大事に保有していたのは、きっと第三位くらいのものだ。
「一体、何を代わりに……まさか」
いや、ある。あれと伍するどころか、それ以上の破壊力はあるのだ。
だが、『それを計画に組み込む』など。果たして可能なのか?
「……プラネットデストロイヤー」
「流石、第二位の妹御。お詳しい」
PDD-02。移民船団(ダイダロス)管轄の惑星改造兵器。月で使われたのは、せいぜいが残り滓のようなものだ。「本来の出力」は、あんなモノではない。
「人々の心と、大日の輝きによって神がいずる。なんとも相応しいではありませんか」
きっと、神を信じている者ならば。その言葉に苛立つのだろう。
だが、彼女の心にあったのは。背筋を走る寒気くらいのものだった。
「聞きたいことがあったのに、結局、此方の方が色々喋ってしまいましタ。これではあべこべだ。同志に叱られてしまウ」
「話したいことを話しただけだろうに」
「いえ……オリジナルなら、これくらい視えていると思いましたが。さては貴方がた、手を組んでいる、といっても、すべての情報を共有しているわけではありませんね」
それは、オリジナルの過大評価なのではないか、と。彼女が口にしようとした刹那。
ぐるり、と。
タナカの眼球が、カメレオンのように回転する。見定める対象……つまりは彼女に、「次はお前だ」と告げるように。
「
敢えて、指摘しなかったことを言わせるのかと言うように。タナカは再び口を開く。
「ワタシも詳しいわけではありませんが。何故、『ノイラ』という名前をまだ使っているんです? 立場が変われば、新しい名前で、新しい自分になる。それが『アナタ』の在り方では?」
「……それ、は」
改めて問われて、一瞬、ノイラは、彼女は言葉に詰まる。
確かに、その通りなのだ。そもそも彼女は、幾つもの名前を持っている。
世界を放浪する中で。只でさえ目立つ自分の姿を、少しでも誤魔化すために。
そして、そもそもの元を糺せば、兄の下へ迎え入れられた時に。
自分のカタチを、名前で使い分けている。それが或る意味では、彼女の在り方だ。
だから、本来。今は別の名前を使っている方が自然の筈なのだ。
自分の中に、言い分はある。だが、改めて問われると自信は薄れる。
それをしないのは。誰かに、自分が自分だと、気付いて貰いたいからなのか。自分がまだノイラだと、言い聞かせたいからなのか。
それは、誰に
「……機械が、一丁前に心理を語るか」
突如、空気が鳴動する。ノイラの胎内のジェネレータが無理矢理絞り出したブッシャリオンのカタマリが、大気へぶちまけられる。位相の違う粒子同士が擦れ、火花が迸る。
「おお、怖い怖い。地雷でしたか」
タナカは、そう口にしながら冷や汗を流している。本当に、無駄な機能のついた身体を使っているものだ。
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