最終章最終節「因果大戦」九(人が導き動かすもの)

 故に。彼女の杖は、夢の欠片でできていた。


 PDD-004「アメノヌホコ」と呼ばれる装置ガジェットの本質は、現世に作り出された「門」である。

 この星の上に、幾度か生まれた徳異点。月の研究成果。そして、大雁08の大結界。それらを繋ぎ合わせ、彼方の隔たりを埋め合わせ、漸く届いた奇跡である。


 未だカタチを結ぶことあたわず。施すこと能わず。人を救うこと能わず

 それでも、その杖は、弱々しい星の輝きを確かに地に伝える。そらへ届くうてなである。


 だから、彼女は杖を掲げる。この星の輝きが。船団の彼女の同胞に。そして、誰よりも。

 


 それは、星の外から来た願い。純粋なる未来への祈り。青い光。

 人類が生まれた星しか知らぬ者には、決して至れぬ視座。其処へ、彼女は息をするように辿り着いている。


 だからであるのかは、本人すら知らぬところだが。

 の名前は、「ステラ(星の光)」と云った。


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「……また邪魔か……!」

 ヤーマは、風の流れを感じた。

 盤面をひっくり返されるのには、慣れている。東北での敗戦。同胞や手駒を用いた戦いの記録。細切れに分断された人類とは異なり、「盟友」の記録と己の采配の経験が、全て彼の糧となる。

 だからこそ彼は、予兆を鋭敏に感じ取る。それは、彼個人の力だ。

 予兆は伝える。漸く、勝てるというのに。「完成した」クーカイNo.26を押さえれば、この世界の法則を殺すことに届くというのに。

 誰かが、何かを為そうとしている。

 荒ぶる心を現す如き黒い濁流が、ヤーマの足下から漏れ出る。黒いブシャリオン。これもまた、彼自身の力だ。

「……鎮まれ……」

 身を削り、心を削り、身体に鉛を注がれるが如き苦痛に耐えて荒ぶる濁流は、或る時、その流れをぴたりと止めて、静かな水面みなもとなり空を映す。

 同胞が集い、彼等がのりとなった今この時だからこそ使える力。閻魔ヤーマという名の如き力。この星に未だ蔓延る、「人類という名の亡者」を裁き映す鏡という異能。

 否。そも、彼等、機械知性の源こそが、人類の鏡たる存在であるならば。この異能は、彼等そのものである。ただ在ることが、ヒトへの因果応報の具現である。

業鏡ジョウハリ

 ヤーマは、彼方の視野を以って真実を見透かす。

 其処に誰が居るのかを、天を仰ぐ鏡を以って余さず捉える。

 対仏大同盟のネットワークへ攻撃指令。幾つかの人影が、「異なる力の源」を追う。


 灯にたかる虫の如く。杖を掲げる彼女に、『大同盟』が寄っていく。

「早……すぎる……!」

 彼女とて、無傷で済むと思った訳ではない。だが、『狙いを絞る』のが迅速に過ぎる。

 普通、第三勢力が乱入すれば大なり小なり混乱が生じる。だが、其れが無い。想定していた、というわけでも無いであろうに。

 『現地人』が弱っているといえど、今まで戦ってきた敵を無視して挑んでくる。異常だ。一体、二体。襲い掛かる敵を、それが掲げる奇跡を。「肉弾で」いなし、彼女ステラは再び疑問を抱く。


 統制がとれている、などという次元ではない。相手は明らかに、「この脅威」を知っている。いや、感じているのか。

 この星の上で、この力が振るわれるのは初めての筈なのに。何故。


 そうして戦ううち、「敵」の眼を見て、彼女は気付いた。

 悟った、感じた、と言い換えてもいい。どのみち、それは非論理的な考えなのだから。

「……憎い、のか」

 人が、憎いから。

 そのために動く存在だから、躊躇なくわたしを狙えるのだと。


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「……援軍、なのか?」

 ガンジーは、遠くへ奔る敵の姿を見て呟く。

「……襲われている、ようにも見えるが」

 クーカイが呻くように答える。元気なのは、もはや相棒一人、と言って差し支えはなく。

 それは、徳というものに囚われぬが故なのか。

 他は、彼(クーカイ)自身が『欠陥品』故に多少マシ、という程度だ。

 肆壱空海は仰向けになったまましばらく動かないが、様子を見る余裕はない。

「少しは楽になる、って話じゃねぇよな……」

 元々、包囲されながら十数人ずつと戦っているような有様だ。幾らか流れたところで変わりはしない。

「いや……そもそも、あれは誰なのか、と考えていた」

 既に、敵は弐陸空海を押さえている。戦ってこそいるが、彼等はもうのだ。ガンジーは諦めていないようだが、「どのように逃げるか」を考える潮時なのだ。

「なら、本人に聞きゃいい」

「合流する気か!? 囲まれて死ぬぞ!!」

 そう言った矢先、頭の上を黒い光の矢が掠める。

「飛び道具に切り替えだしたか……」

 当初は、ガンジー達……というより空海達を封じるため、近接系の奇跡の使い手を投じていた。だが、此方に元気が無いことを見て取ったようだ。

「……相手も、無尽蔵ってわけじゃなさそうだな」

 クーカイも、この段になって、相手の「質の違い」を感じていた。

 得度兵器のような機械は、最適効率を求め、そのためには味方を捨て駒にすることも厭わない。

 だが……『対仏大同盟』は、命を惜しむ。まるで、「人間のような戦い方」をする。

 それは、実体がネットワークであるか個であるかの違い。「替え」があるか無いかの違い、と言い換えてもいい。人にとっての「最適」と、機械にとっての「最適」は、僅かに違う。今の敵は、前者を取っている。

 だからこそ、勝ち戦となれば損失を厭う。

「……案外、正しかったのかもしれんな」

 ガンジーが、ヤーマを『人間だ』と言ったこと。本質の一端を捉えた言葉には相違ない。

 よくよく観察すれば、彼等は。余りにも『人間臭い』。

 そして。相手が、「恐怖を感じる人間」ならば。

「……少しは時間を作れる、か」

 問題なのは、その時間で、「誰が」、「何をするか」だが。




▲「因果大戦」続▲


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ブッシャリオンTips モデル・クーカイの暴走

 モデル・クーカイが奇跡の制御を失った状態を「暴走」と表現することがある。功徳をエネルギーと変換し、事象へ干渉するのが彼等の奇跡であるが、その制御を失った場合、行われるのは無意識的なエネルギーの放出である。

 しかし不思議なことに、構築式を失った状態の暴走であっても、奇跡が普段とは「別種の能力」として発現するケースも確認されている。

但し、基本的には暴走の末路は本人の生命活動の停止、或いは功徳枯渇による壊死であることに変わりはない。

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