最終章最終節「因果大戦」八(進歩の礎)

(これまでのあらすじ)

仏理によって人の功徳がエネルギーと化し、世界が仏教思想に覆われた未来。人類は己の徳分によって悟り、即ちより高次の存在への扉を開けつつあった。

アフター徳カリプス。高速連鎖成仏現象により文明の崩壊した世界で、次なる星の覇者を巡る戦いが静かに幕を開ける。


 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 一方、その頃。  


 現在、地球周回軌道に逗留する恒星間移民船『ヴァンガード』は、全長約300kmの移動宇宙コロニーである。

 そして、その巨体が、ただ軌道上に存在するだけでも消費される莫大なエネルギーの大半は……船体中枢に存在する『主機』、通称『炉心』から賄われている。

 最大出力は現在に至るも不明。開発経緯にも謎が残る。それに。無事故とはいえ、万に一つ暴走すれば周辺空間を巻き込んで恒常的な重力崩壊を起こす代物でもある。

 しかも。移民船団は、今はそれを「2つ」抱えている。

「……なんだって、こんな危険物を抱え込んでるのやら」

 仮にもブッシャリオンの専門家としては、ドウミョウジはそう嘆かずにはいられない。単純に、元木星出身者エウロピアンとしての感傷もある。

「何を今更。休暇中に人生を見つめ直すようなことでもあったんですか?」

 同僚の女博士がそう返す。彼女の専門は、まさにこの『炉心』の取り扱い。少し前までのドウミョウジと違って、いわゆる花形部門である。

「単なる現状の再認識だ。『対仏大同盟』の構成員とやらが、この前も攻撃を仕掛けてきたばかりじゃないか」

 彼女の指名で、ドウミョウジは休暇を切り上げ此処に居るのだが。今の所、その意図はよくわからない。単純に話し相手が欲しい、というわけでもなさそうだが。

「外的な攻撃による意図的な暴走は、船のセキュリティの問題。私より、貴方の彼女の方が詳しいでしょう?」

「彼女じゃない」

「一緒に住んでるって聞いたけど」

「背骨をへし折られそうになっただけの関係だ」

「私、『ザナバザル』のクルーに知り合いがいるんだけど」

 色々と藪蛇だった。

「それより。どうして俺をわざわざ呼び出した? 少し前と違って、最近は暇じゃないんだが」

「率直に言えば、進歩のための礎。この『炉心』が吐き出すブッシャリオンを人間に扱わせたいから、『そっち』の専門家の意見が欲しい」

「……噂に聞く、『PDD-004』とやらか」

 善悪判じかねるが、あの月での一件以来、無駄に情報取扱階級セキュリティランクが上がったせいで耳に入っている。

 似たようなカテゴリの「002」、「ミラー」の直撃を受けそうになった人間として、思うところが無いわけではないが。

「……あれは要するに、地上の連中が使ってる『奇跡』の真似事だろう。得度兵器とやらを捕まえてきた方が早い」

「それはそれで、東京湾の方で進めているけども、芳しくはない。機体ハードは兎も角、機械知性の尻尾を捕まえるのは骨のようだから。それに、このプランの肝心な点はそこじゃない」

「違うブッシャリオンを使うことか。それなら、『対仏大同盟』の方を……」

「……それだけでもない。というより、そもそもの『炉心』の意味を、貴方は理解していないのでは?」

「……確かに、言われてみればそうかもしれないな」

 些か辛辣な物言いだが、当たってはいる。

 眠っていた期間の長いドウミョウジは違うが。船の中で生まれた人間にとっては、この『炉心』は、生を享けた時からそこにあるのが当たり前のものだ。

 喩えるならば、地球の人間にとっての太陽のように。自分達にとっての木星のように。あるいは、或る種の人間にとっての御仏のように。いや、これは不遜というものか。

 DDD。次元階差機関。概念機関イデアルエンジン。人造仏舎利ドライブ。或いは単に、「炉心」。多くの名で呼ばれるそれは、先端技術の常として、開発段階毎に異なる名で呼ばれてきた。

 だが、それ以上に。その真実は、「魔法の杖」と呼ばれる法力源、亜種ブッシャリオンを垂れ流す、現世に穿たれた窓。法則を齎す楔。

 そして、嘗て。皮肉にも、徳エネルギーという「概念」、「思想」に敗れた技術。


 ドウミョウジの理解が正しければそうなる。

 だが、謎もある。例えば、月面で遭遇した『ムーンチャイルド』との関連性。彼自身の父親の関与。

「ブッシャリオンは形而上生物の断片、という解釈は合っている?」

「少なくとも、集合的なブッシャリオンが生物的な構造を取りうることは確かだ」

 反射的に、質問に答える。

「なら、その前提で進める。ブッシャリオンが生き物なら、それを生み出す『炉心』、DDDもまた生き物、と表現できる」

「別種の生命……いや、情報の代謝を定義にするなら、意思を持ったエネルギー源か? 炉心あれもまさか、『ムーンチャイルド』の同類だったのか!?」

「いいえ。代謝し、自己保存する。そういう定義的な生物。物理的な実体もあるし、正確には、細胞の塊や結晶の方が近いかも」

「ウイルス……いや、植物か? それとも、これも、何かを『考えて』るのか?」

「情報の代謝と思考の差は、まだ定義しきれていないけど。やっていることとしては、得度兵器とやらが人間を炉心に詰め込んでいるのと、実のところあまり変わらないってこと」

 情報を反芻する。つまり。「炉心」というのは、それそのものが単純にエネルギー機関というわけではなく。「ブッシャリオンを吐き出す何か」を詰めてエネルギー源として利用している、ということだろうか。

 それ自体は、そもそもオリジナルの仏舎利と同じ……予測の範囲内だが、問題は、その「中身」が何か、ということ。

「定義しようのない何かでできてるのはわかったが……つまり、これの目的はまだ他にある、ということか? 結局、『ムーンチャイルド』と関係があるのか?」

「DDDは、宇宙に穴を開けて膨張エネルギーを吸っている。徳インフレーション理論が正しければ、これは仏舎利のエネルギー供給と等価になる」

「……結局、『炉心』の目的は何なんだ? 回り道をせず教えてくれ」

「回り道じゃなく、必要な順番に辿ってる。肝心なのは、『宇宙に空いた穴』という部分」

 徳インフレーションというのは、「ブッシャリオンの偏在が宇宙の膨張の原動力になっている」というような与太話だ。扱いとしては与太話だが、検証は今の段階だとできていない。つまり、正しいとも間違っているとも言い切れない。

 ブッシャリオンで宇宙が膨張しているなら、ブッシャリオンを操作しエネルギーとして使う仏舎利や炉心は、宇宙の膨張エネルギーに手を付けているのと等価になる。大まかには、そういう話だ。

 だがそれは、

「つまり、DDDのコアは本来、『相対的に固定された時空間の穴』。失敗作の、生きた恒星間ゲート。古い言い方をすれば、ワームホールなのよ」

 ドウミョウジは、しばらく開いた口が塞がらないままだった。

「……ええと、つまり」

「はい」

「仏舎利というのは、高次元に空いた穴で。それを使って、物を送ろうとしたのがそもそものDDD。で、それがうまく行かなかったから、開けた穴から漏れてくるエネルギーを使ってるのか!?」

「順序と精確性に欠けているけど、大雑把には合ってる。ちなみに、『ムーンチャイルド』との関連性はまだ調査中」

「……炉心を2つ抱え込んでるのも」

「要するに、

「PDD-004ってのは」

「遠隔で、炉心から『エネルギーだけを送る』プロトタイプ。このくらいの機能なら、今の技術でも実用水準に持っていける筈。予定はあくまで予定だけど」

「……これ、どれくらいの範囲の人間が知ってるんだ!?」

「さあ。『003』以外のPDDの詳細にアクセスできるランクがあれば、他は特にセキュリティかけてないと思うけど」

「いや、そもそも、これ聞かされて『はいそうですか』と理解できる人間が居ないだろうな……」

「もしかしたら、うちのトップも忘れてるかも。あの人、現実主義者だから」

 ドウミョウジすら、月での体験と持ち帰ったデータという「裏付け」があって、ようやく朧気に信じられるレベルである。

 放っておけば与太話の類い。多分、これは本来、あと一世紀は余裕でかかる技術だ。気長さで言えば、「プラン・ダイダロス」も目じゃない。


 ……いや、そもそも。この話は、「いつ、どこから出た」んだ。

 確実に、「プラン・ダイダロス」初期、最低でもDDD開発から関わっていないと、順序としておかしい。勿論、その全貌をある程度理解していると思しき目の前の同僚の存在も。「いったい何者なのか」、という疑念はある。

「……たかが百年生きた程度じゃ、人間知らないことだらけだな。貴方は、いったいどういう出自なんだ?」

「長期睡眠のサイクルがずれると、百年同じ船でも知らない者同士なのは考えものかな。疑問に答えられる肩書を出すなら……プラン・ダイダロスA’(エープライム)、元最高技術顧問。人は私を、Dr.ヤミーと呼ぶ。改めて、よろしく」


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 コーヒー一杯を飲み終える頃には、ドウミョウジの衝撃は落ち着いていた。滅茶苦茶な話に巻き込まれるのには、いい加減慣れてきた、ということなのかもしれない。などと自己分析をするくらいの余裕は少なくとも戻って来た。

「……それで、俺に進歩の礎になれ、という話に戻るわけか……」

「エネルギーの転送は実験段階。次は『情報』を送ることになる。それでもしかすると、もともとブッシャリオンと親和性のあるもの……例えば、オカルトだけど『人間の精神』とかなら『送れる』んじゃないかと思って」

「……なるほど。それで『人間に扱わせたい』、か。どれだけかかることやら」

「もしかしたら、地上にはもう『行って帰ってきてる』人がいるかもよ?」

「それなら楽でいいんだがな。どんなとこなのか感想が聞いてみたい」

 と、ドウミョウジは与太話は与太話と受け流す。

 炉心の明けた「穴」の先がは知らないが、既に誰か住んでいたら笑えるな、などと想像を巡らせながら。



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ブッシャリオンTips 徳インフレーション理論

 徳の偏在によって宇宙の膨張が引き起こされているという理論。この観測による実証も本来、恒星間移民船団の目標の一つであった。


ブッシャリオンTips ダイダロスA’(エープライム)(Lv.1)

 ダイダロス計画の派生プランの一つ。

 ブッシャリオン・テクノロジー(当時は徳エネルギーという概念は未発達であった)を利用したスターゲート、或いは空間カタパルトの建設を最終目標とするプラン。一種のFTL(超光速航法)である。

 実現時のインパクトは最も高いが、同時に達成までの道のりも、当時の人類最盛期のテクノロジーを以てすら全く見通せないものであり、プランに含まれることすら通常なら有り得ない代物と言える。しかし、「炉心」という成果物を以ってA計画の派生に収まることとなる。

 形式上は現在も継続中となっているが、炉心の経過観察以外の活動実態は無いに等しい(一応、木星炉心のサルベージ計画もこの系譜によるが)。幽霊のような計画であるといえる。

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