最終章三幕「虧月狂想曲・⑥」
坑道内リフトはが停止した場所は、月基地の上層だった。
「内部で使われてる『教典』に類するもの。内部のネットにアクセスできるターミナル。最後に、動力炉や未知の技術の『現物』。この順で探す。いいな?」
「質問」
「なんだ?」
「現物押さえた方が、手っ取り早くないか?優先順位が低いのはなんでだ?」
「危険すぎるからだ。俺達の目的は、相手の理解のための情報探し。向こうが協力的じゃないから、仕方なく足を使ってる。クリティカルな機密に近づき過ぎると、逆に不味い」
「そういうもんか……そういや、船長も前に似たようなこと言ってたなぁ」
矛盾している。だからこそ、この任務は難しい。のだが、ドウミョウジはその言いようが少しきになった。
「船長……というと、計画統括か?知り合いなのか?」
計画統括・如月千里。幾ら今の移民団の規模が往時に比べて小さいといっても、上層部に直接会う機会は限られる。ドウミョウジも挨拶や業務連絡程度の会話しか交わしたことがなかったのだが。
「ああ、警護でついてたことあったから」
「マジか」
よくよく考えれば、彼女は警護担当だ。ならば、一番警護が必要なのは誰か、と考えれば、無理からぬ話であったが。
「いやー、南極の時はホント、死ぬかと思ったなー。しばらく大仏に追いかけ回される夢見たし」
「マジかー……お前、あそこにいたのかー……」
「Z-AMSに乗ってた」
南極での事件は、船の中では語り草だ。初めての地上勢力との接触であると同時に、地球圏での彼等のスタンスを決定づけた、ターニングポイントでもあるのだから。
年若い割に、よもやそんな修羅場を潜り抜けていたとは。いや、技術スタッフはともかく、警備担当だ。『外』との接触に、実戦経験者を当ててくるのは当然の差配だろう。
道理で、『理不尽慣れ』していたわけだ。
そして、『仏像』に妙な反応を示すのも無理ないことだった。
「……苦労、してたんだな」
「急に優しくなるなよ、気味悪い」
「俺はいつも優しいつもりだが?っと、ひとまず、この辺から攻めるか……」
旧・バイオスフィア(人工生態系)ラボ。比較的、徳エネルギーとの関連が薄い筈の、宇宙で人工生態系を作る施設。
「記録上、百年前には放棄されているが……アクセスポイントが残っていればしめたものだ」
「しかしこの建物、広すぎないか?」
このあたりにドアらしきものはここだけ。あとはずっと、通路が弧を描くように続いている。
「分解浄化槽……『海』の代用品が発明される前の世代の設備だからな」
閉じた空間で、人間の生活可能な環境を長期間維持する技術は、とうの昔に完成している。それすら無かった頃の設備。下手をすれば南極より古いかもしれない。
「放棄されて長いなら、生命維持が死んでる可能性が高いな……スーツを船外活動モードに。オレが先に入る」
「わかってる」
三重のエアロックと、微生物を殺す殺菌システム。物々しい扉を開け、中へ踏み入る。
実験フラスコの中の世界にあったのは、役目を終え、既に死に果てた大地。
……では、なかった。
「なんだ、ここ」
森林が鬱蒼と広がり、彼方の中央部には村らしきものが見える。人の姿こそないが、重力さえ無視すれば、まるであたかも地球の如き光景であった。
「温暖湿潤気候。生活様式は……500年くらい前か?」
二人は、地球を知らぬ。それでも、
「オレの生まれた星(とこ)に、少しだけ似てるような」
と、アマタは呟いた。
「さしずめ、2000年紀箱庭セット、ってとこだな……」
と、ドウミョウジも応える。恐らく、『人間が暮らせるか試した』痕跡。しかし、
「それにしても、原始的すぎねぇか?」
この施設が使われ始めたであろう、22~23世紀と比較してすら、あまりに原始的。
「少し、思い出したことがあるが……」
「何か知ってるのか?おじさん」
「恒星間移民の計画段階で、一度『文明を捨てる』という案があったんだよ、確か」
『ダイダロス』の、C計画予備プランの一つ。徳エネルギーが普及するより昔の、古い古い計画だ。
具体的な筋書きは、こうだ。
人類の文明は、地球ですら維持が怪しい。ならば、旅路の途中、容量の限られた『船』で再現するのは絶望的だ。
だから、持続可能な水準まで生活レベルを引き下げ、文明を巻き戻す。入植した星を第二の地球にはせず、ライブラリだけ用意して、現地で一からやり直す。
そのために、一度文明を『リセット』する。
「結局のところ、保険はただの保険だった。『炉心』が完成し、人工冬眠が実を結び、俺達は、地球の……いや、太陽系の文明を、丸ごと移植することに成功した。そんな話だったような。だが、俺個人としては、この時代が選ばれた意義の方が気になる」
「ただ丁度いい、ってだけじゃないか?」
「いや、2000年紀の頭頃は、一番『宗教の役割が減退した』時代だ」
技術の進歩がモチーフを生活から排除し、歴史は忘れられ、習慣は喪われた。その環境を再現しているということは。
「生活の中から『宗教色を薄めている』のかもしれない」
「薄め……?」
「
「????」
「神は、人間の発明品だ。それを取り除いたら、どうなるか」
仮に、信仰的な無菌状態を人工的に作り出したとしたら。何が起きるかは、人類の歴史が物語っている。
起こるのは、『再発明』。其処には、新しい信仰が生まれる筈だ。
「…………これ、もしかして、前言ってた可能性のうちの『二つ目』か?」
社会の管理、或いは徳エネルギーの『解釈替え』による、コントロールの可能性。
「いや。此処に人間が居ない、ということは、このアプローチは既に失敗した、ということだろう」
少なくない資源を投じて環境を維持している以上、何らかの目的に使っている可能性は否定できないが。
こんな空間を、何に使うというのか。
まるで此処一つで、小さな地球、小さな世界のような、完全に独立した空間など。
しかし、使い道は、わからなくとも。ドウミョウジは一つだけ、似たものを知っていた。
「……海だ」
「は?だから、此処は『海』が出来る前の……」
「その海じゃない。俺の、生まれ故郷の、『海』だ」
木星。『エウロパの海』。衛星の『海』の大半を改造した、演算装置。
南極の『泉』の発展形。内に一つの完結した世界、『異なる法則』を孕む、演算器。
彼は、未完成のそれを識っていた。そして、徳エネルギーを識っていた。
だからこそ、此処で行われていたであろう実験が、絶対に表の世界には出せぬであろう『爆弾』の一つだということに、勘付いた。
……此処で行われていたのは。徳エネルギーの『定義』そのものを弄る実験なのだ、と。
「……此処は、不味い。早く抜け出そう」
「あ?どうかしたのか?」
「理由は、後で説明する。多分この建物全体が、巨大な徳エネルギー機関みたいなモンで……」
まさか、初っ端から特大の地雷を踏み抜いていたとは。一刻も早く立ち去らなければ、とドウミョウジが焦ったその時。
『否』
声が、ドームの内側に響いた。人間味のない、老人のような声。
『其れは、徳エネルギー機関に非ず』
「誰だ!?」
アマタが警戒態勢を取る。誰か、何かの声は、ドーム中から聞こえていて位置を特定できない。
「気付かれた……か」
此方を監視している。ドーム内を好き勝手できる権限持ち。恐らく、月都市の管理者クラスの人間かAI。
ドウミョウジは観念して天を仰ぐ。
「オッサン、少しだけ辛抱しろ。今、『迎え』を呼ぶ」
「『迎え』って、お前……」
「降下機にZ-AMSを積んである。遠隔でも、壁をぶち破って此処まで来る程度は多分できる」
「少し待て。向こうの話を聞いてからでも、遅くない」
『異星よりの客人(まれびと)よ。先ずは、このような形での挨拶を謝罪する』
「……いったい、何者だ?」
ドウミョウジは、問い掛けるように呟く。こちらの声は、聞こえているのかどうか。
『申し遅れた。拙僧は、月基地を管理する僧職AIの一つ、『大雁08』である』
「内容が1ミリも理解できないんだが」
「後で説明する」
と言いながら、ドウミョウジも混乱していた。
大雁、というコードには覚えがある。研究都市「月天」を制御するシステムの一部だ。しかし、それが知らないうちに僧籍に入っていたらしい。
一番穏当な仮説は、此処を譲り受けたメガ宗派の人間が何か細工をした、という辺りだが。
『拙僧は、他の『大雁』とは意見を異にする故、こうして単独で接触できる機会を待っておったのです』
「……つまり、裏切者、か」
なんだかややこしくなりそうだぞ、とドウミョウジは考える。そもそも、
「なんでAI同士が衝突してんだ?」
と、アマタが代わりに疑問を口にする。
『今は、それを明かすことはできませぬ。ですが……一言だけ、申し上げるならば』
「こいつ、俺達の言ってること聞いてるな……」
アマタは今更気付いたようだが。無理もないだろう、とドウミョウジは考える。此処は間違いなく、彼等の庭だ。
そして、大雁08は、
『『大同盟は、何処にでも居る』と』
ただ、それだけを告げた。
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ブッシャリオンTips 『エウロパの海』
プラン・ダイダロス計画遂行主体が南極拠点放棄後に建造した演算器。衛星の環境を改造し、エウロパの『海』の大半を演算装置と化した、南極の『ミーミルの泉』の上位互換とも言うべき情報構造体。
衛星単位の
ブッシャリオンTips 『大雁』(Lv.1)
月面都市『月天』を管理するAI群の総称。メガ宗派が管理を引き継いだ際、権限拡大等の自律性を強化する改修を受けた結果、一部個体が出家し僧職AIを自称するようになったとされるが、詳細は不明である。現在では都市の運営の大部分を自律制御していると思われる。
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