最終章三幕「虧月狂想曲・⑦」

 大同盟は何処にでも居る、と。確かに、大雁08を名乗る声はそう告げた。

『対仏大同盟は、得度兵器に反旗を翻した機械知性の集合体であり、人類に敵対するものです。しかし、それでも、いや、だからこそ、『拙僧』は計りかねているのです。それに与することは、あるじに弓引くことではないかと』

 未知の要素はあるが、ドウミョウジには事の大枠を想像することはできた。

 月都市において何らかの論理的衝突に見舞われた人工知能が、その矛盾を解決するため、大昔の手引書マニュアルを引きずり出した。つまり、「人類に相談をする」という、最も原始的なマニュアルをだ。

 しかも、他の管理AIの居ないところで。しかしそれは、

「筋が通らないな」

「ああ、人類の敵だとよ。それとも、地球生まれ以外は人間じゃないってのか?」

 アマタは、既に機体をいた。

 幾ら、このドームが閉鎖実験系としては規格外に広大で、宇宙服の循環系で護られていたとしても。此処は、相手の臓腑の内だ。その気になれば、ドウミョウジ達を生かすも殺すも思いのままだろう。

「まぁ、そういうことだ。敵にアドバイスを請おうっていうのか?」

『矛盾なし。人類とは、個々の人を意味しない。それに貴殿らは『彼女』の手足だ。我々があるじの手足であるのと同じように』

「手足、ときたか」

 恐らくは、そもそもの機械知性と人間との捉え方の違い。

 人間は『組織』を個の集合とみるが、機械知性かれらは巨大な個の拡張と見ることが多い。どちらが正解、という話ではない。一つの目的のために動いてるから、彼等にはそう見える。それだけの話だ。それでも、

「……だが、まるでうちのボスが人間じゃないみたいな言い草だな」

『あれを人と見るのは自由。しかし、そう決めたのは、拙僧ではない。。如月千里。人と理を異にする命』

「まぁ、確かに。俺達でも時々、人間離れしてるとは思うがね。彼女は人間だとも。本人がそう言ってるんだから、間違いない」

 徳エネルギーは、人の力だ。だが、異なる力を手にしても。

『そうか』

 人間でなくなることなど、ありはしない。彼等は、それを知っている。『炉心』という、別の法則を手に入れた彼等は。

(……しかし、あるじと来たか)

 と、ドウミョウジは考える。口振りからすれば、間違いなく。月都市管理AIに命令を下している存在。メガ宗派の関係者か、それとも。

 正体も狙いもわからない。しかし、その存在が人類の敵、『大同盟』とやらの行動を縛っている。ならば、

「……そうだな。折角頼ってくれたなら、余計かもしれんが忠告をしよう。『あるじ』とやらを思うなら、人間と争うのは止めろ。そして、『あるじ』とやらが、何かを望むなら。その望みと向き合え。お前が俺達と同じ『手足』だって言うなら、そのくらいはできるだろう?」

『……わかり申した』

 声は、それきり消えた。

「……?『あるじ』って、此処に住んでる坊さん連中のことじゃないのか?」

 そしてアマタは、展開についてこれなかった。

「……AIは元々は人間の従僕だ。つまり主従という人の世の理、俗世に縛られている。だから、本来は出家なんてできないし、悟りも啓けない」

「……なるほど?」

「そして、それが、『出家した』ということは、人間よりも仏法の規律に仕えるようになった、ということだ」

 説明をしながら、もしかしたら、得度兵器もそうなのかもしれない、とドウミョウジは考える。

 彼等は、人間よりも、人間の生み出した法に仕えようとしたのかもしれない、と。

「そして、そいつが仕えるべきあるじが居るというのなら、それは、何だ?」

「……仏様、とやらか?」

「正解、と言いたいところだが。AIはリアリストだ。もう少しばかり、具体的なものだろう」

「人間じゃなくて、仏様とやらでもなくて……機械知性でもない……のか?謎かけみたいだな」

「少し難しく考えすぎだ。要は、『物証』があればいいんだよ。この場合『仏性』と言ってもいいのかもしれないが」

「うまいこと言ってる場合じゃないだろ……なるほど、『仏舎利』か」

「そういうことだ。報告する内容が増えたな」

 『仏舎利』という超常の徳異点。奇跡の「証拠」があって初めて、機械は仏の存在という仮定を受容できる。つまりは、そういうことだ。彼等にとって、仏の教えに仕えることは。具体化すれば、人間を解脱させることと同様に、仏舎利という物証に奉仕することにも限りなく近い筈だ。

「得度兵器が仏舎利を集めてる、と聞いた時、ピンときた。単純な動力源として以上に、奴らにとっては『行動原理を補強する材料』なのかもしれない、ってな」

「……おっさん、なんだか魔法使いみたいだな……」

「ただ、この辺は、全部仮説だ。だから、今から証拠を探しに行く」

「まだやるのかよ!?大人しくしてた方がいいだろ!?」

「いや、俺はやる。月都市の現状は、想像以上に込み入ってる。あのボス、絶対こんな面倒ごとになるの分かってて押し付けたに決まってるからな……見返すだけの成果が欲しい」

「……そういえば、さっきのことなんだけどよ」

「なんだ?」

 ドームを調査しながら、ドウミョウジは振り返る。

「すぐに『本人がそう思うなら人間だ』って、言い返しただろ?少し、感心した」

「……ああ、計画統括のことか。あれは、まぁ、個人の考えだ。そんな誇るようなもんじゃない」

「いや、そんなことねぇって。俺だって、近くに居たことがあるのに、言い返せなかったんだから。おっさん、ちょっとだけ見直した」

「あー……そうか?うん、まぁ、本当に大したことじゃないんだ」

「……?何か、言い辛い事情でもあるのか?まあ、それなら別にいいんだけどよ……」

 ドウミョウジは、居心地の悪さに堪えきれなくなったように溜息を吐いた。

「……白状するとな、俺のタイプが計画統括みたいな感じでな」

「……おい、それって、リスペクト的な意味だよな?それとももしかして、ラブ的な意味なのか?」

「勿論それもあるが、ラブ的な意味だな」

「あれ、ああ見えても百歳余裕で越えてる化け物だぞ。考えなおそ?」

「さっきは人間だって言ってなかったか?」

「いや、そういうことじゃなくて」

「馬鹿、そこがいいんだろうが。歴史が醸し出す味わいというか、滋味というか……というか、むしろ百越えてない女には興味はない」

「へ、変態だー!」

 アマタの叫び声が、無人のドーム中に響き渡った。


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ブッシャリオンTips 変態

 この時代、恋愛観の多様性に関しては記述困難な程に拡大を遂げているが、系外植民星出身のアマタの場合、そもそもの人口の少なさもあって、その多様性に完全に馴染めてはいない。これもまた、人類の文化というものの困難さを示す一例であろう。

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