最終章三幕「虧月狂想曲・⑤」

 ハドリー山・アポロ15号寺は厳密にはハドリー山の南西10キロ程の場所に位置し、直径数kmのクレーターの内側から地下を掘り進める形で建設されている。

 本来の月の中枢一つ、『アルキメデス』とも『コペルニクス』とも距離はあるが。代わりに、この近くには『あるもの』が眠っている。

 月の地下は、数百年にわたる資源の採掘・貯蔵のための建築の他、様々な目的で採掘がおこなわれた結果、穴だらけの状態だ。

 穴があるが故に、『それ』が生まれたのか。それとも『それ』を作るために、穴を掘ったのか。客観的事実として、それの設置コースは鉱床の近くに位置していることが多いのだが。


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 地下へ向かう、リフトの中。

「……なぁ、そろそろ戻らないと、やっぱりバレるんじゃないか?」

「お前、まさかバレないとでも思ってるのか?」

 どこか不安そうなアマタに、ドウミョウジはそう返す。

「バレるの前提なのかよ!!」

「……だから、事情を話したくなかったんだ。よく考えろ。俺達は名目上、協力関係にある船団からの特使だ」

「どういうことだ?」

「つまり、『行動する正当な理由』があれば、動き回っても大きな問題にはならない。はっきりと『動き回るな』と言われたわけでもないしな」

「……要は、開き直ってアリバイ作りをする、ってことか」

「理解が早くて助かる」

「オレは、何をするつもりか言ってくれて助かってる」

 言葉とは裏腹にアマタは不機嫌そうな表情だったが。

「まぁ、そう不貞腐れるな。中々お目にかかれるモノじゃないんだから……俺だって、実際見るのは初めてだしな」

 そんなことを口にしながら、ドウミョウジは案内板を見ながら頭を捻っている。

「月の地下は軽いパズルだな」

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫だ……もし何かあったら、一緒に謝るさ」

「メインで怒られるのは、おっさんの方だからな!?というか、そもそも何処に向かってるんだか……」

「なに、ちょっとした社会科見学だよ……これで、リフトの行先はよし。資料が正しければ、なかなかの見ものの筈だが」

 社会科見学とはそもそも何のことだろう、と首をひねるアマタをよそに。リフトは降下を止め、横方向への移動を始める。同時に外壁が透明になり……外の景色が露になる。

 其処は、細長い巨大な地下空間だった。薄暗い照明が微かに照らす中を、リフトはゆっくりと移動している。

 そしてその中央を複雑で奇妙なパイプの塊が線状に埋め尽くし、更にその周りに、植物の根の如く機械装置が絡み付いている。

 そうして、その集合体が……遥か彼方まで、途切れることなく只管続いている。

「…………何だ、コレ」

 何かは、わからない。そもそも、類似する機械を、彼女は見たことがない。

 ただ、人の作ったモノであることだけは確かだった。

「なんだこれ、なんだこれ!!」

 誰が、何のために作ったのか。如何なる技術がそれを可能としたのか。

 想像すらつかずとも。其処に在るのは、嘗ての繁栄。確かな、人の足跡。

「計画当初は『長城チャンチェン』と呼ばれていたそうだが……名前の通り、これと同じモノが、ほぼ星を一周している」

 月面大加速器。星を覆う、人工のリング

 この世界に罅を入れる誤差(エラー)が見出され。そして、ブッシャリオンが見出された、全ての始まりの地。

「赤道加速器、と呼ばれてたこともあったが、星を一周してるってだけで実際のところは赤道からはだいぶズレてて……って、聞いちゃないか」

 しかし、それら全てと無関係に。何かに囚われたように、少女はじっと、その装置を見つめていた。

「技術的には、ウチの『船(ヴァンガード)』の方が、よっぽど化け物だと思うんだがなぁ……」

 まぁ、感動や憧れというのは、『そういうもの』ではない、というのは、わからないではないのだが。

「これが『アリバイ作り』だって、忘れてないか……?」

 食い入るように窓の外を見つめているアマタを引き剥がそうとして、ドウミョウジは思いとどまった。

 どのみち、二人の進むメンテナンス用の坑道は長さにすれば数km程度。この長大なシステムの1%に満たないのだから。少しくらいは、そっとしておこうと。そう思ったのだ。

 だが、彼等の目当ては、此処ではない。この加速器は、研究施設の中では『古い』方。言い方を選ばなければ、骨董品だ。寧ろ、其れより後に開発された、この先に付随する徳エネルギー関連施設。礼拝施設。炉心。そういったものだ。

 それに……これらの施設は、稼働状態にある。だというのに、今まで……施設の巨大さを差し引いても……誰にも出会わず、誰かが『注意を払っている』様子もない。

 明らかに、何かがおかしい。幾ら自動化されているからといって、不自然だ。

 この研究施設で行われている『何か』は、誰の、或いは何の意志で行われているのか。そんな謎を抱えたまま、彼等をのせたリフトは奥へと進む。



 彼等が正に謎を解き明かさんと向かっている場所。嘗ての研究施設の、とあるオフィスの片隅では。

『道明寺』

 の電子プレートが備えつけられたデスクが、静かに埃を被り、辿り着く者を待っている。

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