「廃棄記録・中」
(人の心は、万能だ)
『Unauthorized personnel』
『A-CLASS ID is required』
分厚い扉が、『彼(それ)』の行く手を閉ざす。『拾い物』では、ここが限界。
(だからこそ、全能に手が届く)
急造の『目』のような器官をギロリと回し、手元に抱えた少女を見る。『鍵』はもはや不要。黒い泥のような触手から、ヤオが滑り落ちる。代わりに『彼(それ)』は、刀を引き抜いた。
その一瞬、体が痺れるような感覚が駆け抜ける。そして、クアジ・ブッシャリオンで構築した疑似組織が、崩れるような熱さを纏う。
(……これの持ち主は、一体)
正確さを犠牲に一言で表せば、残留思念のようなものか。
聖人の遺骸。法具。或いは、人の思いを纏ったもの。そうした徳エネルギー関連遺物はこの世界に数多存在する。
今の彼がそれらに接触すれば、たちどころに塗り潰されてしまうことだろう。そもそも、『徳エネルギーと異なる法則』を実装するとは、そういうことだ。
徳エネルギーは、人類が構築し、到達した法則だ。それに刃向かうということは、言わば、数十億、数百億。嘗て存在した人類全てを敵に回す行いだ。
しかし、剣の纏うのは、そうした願いとは些か異なっていた。
これは、『一人分』。しかし、濃い。まるで、一人の人間が。何百年も手に取り続けてきたかのように。揃っている。
(人は人。刀は刀。斬れれば、文句などない)
刃が奔る。分厚い扉に幾つもの切れ目が生まれる。そうして賽の河原に積んだ石が崩れるように、扉が自壊する。
……そうして。その向こうから、幾つものレーザー光が『彼(それ)』を照らした。
「動くな!そのままゆっくり、その子を解放しろ」
「……言葉は通じてるよな?」
数人の武装した三人の兵士たち。重要区画に固めて配置された、船団のセキュリティ社員。
そのうちの一人は、得体の知れない怪物の横に転がる少女に見覚えがあった。以前、無登録でうろついているところを咎めた覚えがある。それに、確か。監視対象として上から命令を受けていた。
彼女があの時持ち歩いていた、『刀』。それを今は、怪物が振るっている。そうか、それは『そう』使うのか、と。そんな考えが社員の心を過った。
『けんをtttttttR』
剣を取れ、と。口にした筈の言葉は、言葉でないものになって外へと漏れていく。
兵士たちは、怯えている。それが、『彼(それ)』にはわかる。そしてそれを、使命感と理性によって辛うじて押し殺していることも。
その矛盾は、まるで宝石箱のようだった。
(人の心は、すばらしい)
直後。発砲音が響き、黒い『触手』に引き摺られるように刃が宙を舞う。
そして、幾度かの喧騒の後。血飛沫が床の上に華のように咲いた。
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「至急です!」
「……何事だ」
「侵入者です。Aクラスのセキュリティドアが破られました。3名の要員のバイタルが切れています」
「……報告は簡潔にせよ。相手は『何』だ?『誰』だ?」
エミリアは問い返す。このタイミングで、嫌がらせのように『エリュシオン』に侵入してくる人物に、彼女は何人か心当たりはあった。
一番可能性が高いのは、この手の趣向を好む『第二位』だが。誰であるにせよ、目的は彼女自身と考えるべきだろう。
「不明です。というより……『何』なのかも」
人間では、ない。
「……成程」
となれば、限られる。得度兵器の手の者と考えるのが最も妥当。海面に叩き付けられた時点で、息の根を止められたと思っていたが。それか、『仲間』が居たか。
「意趣返し、というわけか」
そう簡単には行かぬようだ。
「……現在、経路を追いつつ守りを固めていますが」
「これ以上の損耗は許容しかねる」
だから、この局面では『囮』を使う。
相手には価値があり、そして此方には価値がないものを、機械的に犠牲にする。
「通り道から人員下げろ。目的は此処だ。直接話をすれば、片が付く」
「……はい」
「……それでは、磨もそろそろ失礼するでおじゃる」
疲れ果て、半ば放心状態だった『マロ』も、この機に乗じて退散しようとするが。
「そちは残れ」
「なにゆえでおじゃるか!!」
「……相手は、恐らく先ほど交戦した『人型』か、それに類する存在。間近で観察する機会だぞ?」
「危ないことは避ける主義なんでおじゃるが」
研究者としては、確かに興味はある。しかし、不死とはいえ今、命を賭けるべきかどうか。
「それに……『何かあった』時。見届ける者が必要だ」
「……仕方ないでおじゃるな」
しかし、今の『マロ』には、『その一言』を無碍にはできなかった。今や、欠片なりとも、彼女の抱えるものに触れた人間としては。
「……どうか、お二人とも御無事で」
「無事だとも。こやつはどうだか知らぬがな」
「さっそく見捨てる宣言でおじゃるか……」
部下達が心配そうに退席する。
そうして、ほぼ無人になった広間に。二人の不死者だけが残された。
「……考えてみれば、二人きりというのは初めての気もするでおじゃるな」
「何か、言いたいことでもあるのか?」
「そういえば、報酬に何が欲しいか、言い損ねたでおじゃるなぁ……」
「それは、『次』のこの身に言うがよい」
やはり、彼女は。『今の体』を捨てるつもりだ。そう『マロ』は確信する。
「なら、今のうちに叶えてもらえば、ニ回要求出来てお得でおじゃるな」
「……大したことは出来ぬ。権限は既に委譲済みだ。今は、この体しかない」
「まぁ、大したことではないでおじゃる。一度くらい、顔を見ておきたいと思ったでおじゃる」
「……その程度なら、よかろう」
エミリアはそう言って、御簾を捲った。真っ白い手と、銀色の髪。そして、整っていながらも疲労の色を滲ませた顔が隙間から覗く。
宝石のように赤い瞳が、『マロ』を見た。
「……存外、普通でおじゃるな」
「化け物だとでも思ったか?」
そう言って、二人は視線を合わせたあと。どちらからともなく吹き出し、そしてひとしきり笑いあった。
「姿を見せぬのには、やはり理由があるでおじゃるか?」
「この体では、威厳というものが無い。それに、十年経っても老けぬ人間が頭に居ると知れれば、どう思う?」
「尤もでおじゃるな」
わかっていたことだが。本人から聞くのでは、やはり違う。そして、『同じ苦労』は、彼も幾度もしていた。恐らくは、彼女よりもずっと長く。
「まぁ、最初の磨のほうが美人でおじゃる」
「よもや、記憶が……いや、戯言と流しておこう」
この世に、不死者は少ない。それも、人として在り続けるものは猶更。この奇縁が、果たしていつまで続くものなのか。
「ところで『次』は、何を願うつもりなのか?」
「それはでおじゃるな、ある娘の安全を頼もうと……」
『マロ』が、そう言いかけた時。ひた、ひたと。『外』から足音が聞こえた後。
そうして、広間の入り口の防弾襖が『何者』かによって斬り開かれた。
『何者か』は、黒い泥の塊だった。もはや、人の形をとどめてすらいなかった。
泥の塊を一瞥し、エミリアはようやく口を開いた。
「無様なものだ」
と。その言葉に応えるように。泥の中から、人型のものが姿を現す。
剣を携え、その傍らには少女を抱えながら。
「……『ヤオ』!」
『マロ』は、その姿を見て叫んだ。
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