「廃棄記録・上」
ヤオは、『エリュシオン』の通路の中で。半身を水に浸けたまま、何もない天井を眺めていた。
天地を返すような異変は、どうやら収まったらしかった。
全身を、疲労感が襲っていた。ここまで泳ぎ通し。その上、ぐるぐると目まぐるしく方向が変わる通路の中で一時間以上も足掻いていたのだ。体力は半ば尽きていた。
「……やっぱり、怒られるかな」
自分がこんなことをしていると知ったら。マサコは怒るだろうか。そして……もしかすると、『マロ』も。
結局、今の自分にできるのは、ここまでだったのかもしれない。悔しいけれど、それが知れた。それだけでも、彼女にとってはきっと、価値のあることだった。
カツーン……ズルッ
帰ろう。
帰って、きちんと謝って。それから、眠ろう。
カツーン……ズルッ
次の機会に、備えるために。もっと、力をつけるために。
カツーン……ズルッ
カツーン……ズルッ
そう彼女が決めた時、通路の後ろから聞こえる、片足を引き摺るような足音に気付いた。
気付いた後の行動は、瞬時に決まっていた。無我夢中で、狭い通路の中で身体を捩り、先へと進んだ。本能が、それを見てはならないと叫んでいた。
『やっと……Wビュウンブッ』
後ろから追いすがる『それ』が、言葉を発した。意味などわからない。無いのかもしれない。だが、確かに後ろから、何かが迫っている。
「ひ……あ……」
ヤオが悲鳴を上げ、身を捩ったとき。
ガツン、と何かが引っ掛かり、突然前に進めなくなった。
持ってきた刀の包みが、狭くなった通路に引っ掛かっていた。
次の瞬間、彼女は追いすがる『何か』に足首を掴まれ、水中へと引き摺り込まれた。彼女の意識は、そこで途絶えた。
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やっと、わかったというのに。やっと、辿り着いたというのに。
否、辿り着いた筈なのに。己は何故か、生きている。
自分が何者なのかも曖昧になりながら。『彼(それ)』は暗い道を進み続ける。
それでも、確かなことは一つ。彼はまだ、己の為すべきを、果たして居ない。
それだけを依り代に。欠損した身体を異能によって補いながら、黒い泥を歪に捏ね固めた雪達磨の様な姿になり果てて尚。『彼(それ)』は駆動し続ける。
そうして諦めなかったからこそ、『彼(それ)』は最後に僥倖を掴み取った。破損した『エリュシオン』の船体通路から押し入った先で。彼女を見つけた。
予備の武器と。船体内部の『通行証』。
『やっと……Wビュウンブッ』
思ったことも、願ったことも、言葉にはならなかった。
『彼(それ)』は失った腕の代わりに、泥の塊を伸ばし……彼女の足を、身体を絡め取った。
鍵はカードと生体認証の複合型。面倒だが、生かして連れ歩く必要がある。幸いにして、或いは不幸にして。つい先程まで船団が臨戦態勢にあった影響で、『余分なIDの無効化』などという雑事にまで手は回っていなかった。そして、本来船の『内側』を警戒すべき戦力すらも、全てを賭した一撃のために既に出払っていた。
だからこそ、彼は誰にも気付かれるとなく道を這いずり。
そして再び、闇の中へと姿を消した。
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「軌道爆撃によって破壊された、残骸の調査についてですが」
「後に……いや、今報告せよ」
エミリアは部下に、そう命じる。『引継ぎ後』に回したいところだが、この忙しい中に捻じ込んでくる以上、それなりの理由があるのだろう。
「外部からのスキャンだけでも分かるほど、あれの内側は既存の得度兵器の設計とはまるで別物です」
「で、あろうな」
それで当然の筈だった。そもそもあれは、既存の得度兵器とは似て非なるモノ。全く違うものを作るなら、中身からして別物になるのは、当然至極。しかし、
「『大陸』系、『欧州』系……既知の如何なる素体とも合致しません。私見ではありますが、そもそも『違う系統の技術』で作られている、と言ったほうが精確かと」
「……後ほど、今までの経緯をまとめ、詳細な報告をせよ」
「わかりました」
不思議は無い。無い筈だ。
可能性は幾らでも考えられる。
要求を克服するにあたって、既に失われた技術遺産、或いは『南極』の成果物を持ち出した可能性。アレを操っていた存在が、内側にも手を加えた可能性。そもそも、得度兵器の技術力が人知の及ばぬ領域に達してしまったという可能性。
それでも。それらを差し引いても、尚、疑念が残る。
時折垣間見える、神仏の視座。
不必要な筈の、仏像を模した兵器。
そもそも、十六年前。得度兵器が『暴走』した理由。
いや、そして……何故、彼女達の始祖たちは。『魔法の杖』を恐れた?
「何かが……何かが、引っ掛かる」
何かを、見落としてる。そう思えて仕方がない。
彼女の『見落とし』は。其れはつまり、誰かが、何かを隠しているということだ。
それが誰か。何なのか。彼女を相手に、隠し事をしおおせる存在は多くない。『第二位』を始めとする重鎮。人造の化け物、或いは『クアドラプル』の成果物。亡き『第一位』や、田中ブッダを始めとする一握りの異才たち。
僅かな可能性を含めて、その程度。
それ以外、ともなれば本当に。神や仏といったものにでもなろう。
「……考え過ぎか」
少なくとも、間もなく独自の概念機関を持つ『彼女達』との接触が叶うだろう。そうすれば、検証の手立てはまだ残されている。情報が揃ってから考えても、遅くはない。
その時の彼女は、なにがしかの答えに辿り着こうとしていたのやもしれない。しかし、結局。それが得られることは永遠になかった。
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ブッシャリオンTips 徳エネルギー前史(Lv.1)
『概念機関』と分類されるエネルギー源は人類、或いは情報を代謝する生命の持つ形而上的な法則をエネルギー源として利用するものである。故に、徳エネルギーが唯一無二のエネルギー源となるためには、その源となる形而上法則を強化し、その上で高効率に物理的に作用する水準に落とし込むことが大前提であった。
つまるところ、徳エネルギーを実用化させるには徳エネルギーの布教が必要だったのである。そこに至るまでの暗闘こそが徳エネルギー前史の一側面である。
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