最終節「黄昏のブッシャリオン①」

 オペレーション・イカロス完遂より8時間後。

 『エリュシオン』機内、臨時座所(会議室)。

『……以上の通り、通信不能のため事後承諾という形ではありましたが。わたしたちは以前の要請に基づき独自判断で実力を行使しました』

 旧規格の立体映像装置は、ちらつき、ぼやけながらも。遥か空の上に座す青い髪の少女を映し出している。

「救援、感謝する。通信不能は徳エネルギー濃度のせいだ。あれには、通信波の特性がある故」

 『第三位』は尊大な口調で応じる。互いに、事務的に会話を進めつつも、腹の探り合いは忘れていない。

 これが、事実上。百年越しの『ヴァンガード』との直接会談だった。

 尤も、本来の謁見室は使用不能となったため、場所が殺風景な機内会議室へと移されたのが不満ではあるが。『第三位』には、贅沢を言う気は無かった。それほどまでに、待ち望んだ瞬間であったというのに。

『ご存知の通り、わたしたちが地上に対して実力を行使できるのは、地上政体からの要請があった場合、それも防衛目的に限られます』

 軌道上に座す彼女が口にするのは、100年前と少しも変わらぬお題目。それがどこか苛立たしくもあり、懐かしくもある。

『これは即ち、わたしたちが、あなたがたを一地域を支配する準国家組織と認めたことを意味します』

 しかし、向こうに『交渉相手』と認識させただけでも、戦果としては前進だ。

「……つまり、今後は我らを地上との交渉窓口とする、と?」

『あくまでその一つ、ということです地上に同規模の政体が幾つか存在することは、確認済みです。今回直接連絡をしたのは、今後の活動方針のご報告も兼ねてです』

「……報告?」

 『第三位』は眉を吊り上げる。そんな、殊勝な。

『わたしたちは地上に橋頭堡を築き、調査活動を行います。現状は不明瞭な点が多すぎますから』

「此方から提供する情報では不足だと?」

『はっきり言えば、そうです』

 案の定、と言ったところだ。一定の譲歩は引き出せたものの、『ヴァンガード』はコントロールを拒絶している。実際に各地に調査員を派遣し、情報を収集する程度のことはやる腹積もりなのだろうが。その先の目的が不明瞭だ。

 それは言葉通りに、現況把握に努め、方針を決めかねているが故か。それとも、野心を隠しているのか。大抵の人間の心中は手に取るようにわかる彼女を以てしても、あの『化け物』同様、相手の思惑が読めない。

 彼女は一切を表に出さず、しかし心中で嘆息する。

 よりによって、『初仕事』がこんな大事とは、と。


-------------

 軌道上。

「……疲れました。あの手のタイプは、穴があるとネチネチつついてくるから、ほんと気疲れします」

 千里もまた、大きく嘆息していた。但し此方は、大きく声に出してだが。

「しかし、これで後戻りはできなくなりました」

 新茶の入った湯飲みを差し入れながら、副官がそれに答える。

「地上への派遣要員の選定は?」

「進めてはいますが、頭数を確保するのは難しいかと」

「ええ……わかってます。このがらんどうの船を、どうにかして回していかないといけないですから」

 人類最大の宇宙船、『ヴァンガード』の定員は百万人規模。これは当時木星圏に居住していた人口の過半を、丸ごと移し替えられる規模を誇る。

 しかし、現在乗船しているのは1万人に満たない。それは、巨大な船を動かすための、最小限の人員と言ってもいい。ただそれだけを連れ、この船は帰ってきた。

『『向こう』のみんなは、元気ですかね?』

「定期報告、ちゃんと読んでください。復路の間に、亡くなった人も多いと思いますが順調のようです」

 彼女等は、引き返したのではない。

 系外版図の確立に成功し、凱旋したのだ。

 ただ、それを迎える故郷は既に無かった。ただ、それだけの話だ。

「『ダイダロス』はそもそも、人類の版図拡大が目的。それには、『既存の領域間の連絡』も含まれます。独立して発展しても、意味はありません」

「……回収した炉心で、二番艦を建造するまでは遠そうですね」

「それでも、必ず辿り着きますとも」

 夢は、まだ終わらない。彼女等が、生きている限りは。そして、


 人類は、滅びない。たとえ、命のすべてが。この星の上から姿を消そうとも。

---------------


 廃墟と化した嘗ての船団の中枢、謁見室で。『マロ』とヤオは身を寄せ合うように蹲っていた。

 嘗て其処を隔てていた御簾は千切れ飛び。その奥には、人間一人分の血の染みが、赤い花のように散らばっている。

 此の場所で、如何なる出来事があったのか。

 それを知るには、僅かに時を遡らなければならない。


------------------

「廃棄記録」へ続く


▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

ブッシャリオンTips 如月千里

 本人曰く、『どこにでもいる女の子』。現、プラン・ダイダロス総責任者、『ヴァンガード』艦長。当時、人類種の存続、拡大と繁栄を目的として製造された人間の一人。その性能スペック、或いは開発コードに由来してか『天人』と呼ぶ者も居る。設計上百年単位の寿命を持つため、肉体の機械化改造は一切行っていない。

 趣味はサボテン栽培と微生物観察、好きな食べ物は納豆、特技は同時に沢山の人の話を聞くこと。


 一言で言えば、対人能力、決断能力の怪物である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る