第六節「払暁の光⑤」

「船体姿勢、固定確認」

「出力、最大定格の1200%。収束器融解までの予測時間、115秒フラット」

「標的、有効射程圏内に入ります!」

「最終執行許可を」

 スタッフが慌ただしく告げるのを聞き。

「許可する」

 彼女は、一瞬だけ間を置いて、そう告げた。

「カウント、30より開始」


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 巨大な機体がせり上がり、翼の端に徳の火が灯る。

 それは、海を照らす灯台のように。夜を払う灯のように。離れた場所からもよく見えた。

 海に散らばった船の上から。海を跨いだ徳島の上から。そして……

 今まさに、海を往く巨大な得度兵器の上からであっても。

 それが、意味することを。『レイノルズ』は気付いていた。

 人類が、己の。彼等の疑似仏舎利粒子の弱点を看破したこと。それに対する対抗手段を、急場で練り上げたこと。

 それは、。そして、

「実に素晴らしい。だが……」

 だが、それは。ことへの喜びだ。

 彼は己の刀を振る。それを合図にするように、巨大な得度兵器から、一本のケーブルが彼の手元まで伸びてくる。

 『レイノルズ』はそれを掴み、刀の柄に巻き付けた飾り紐へと接続する。

『CASCADE ON-LINE』

 刀身の擬装被膜に、文字が浮かび上がる。

 「『それ』は、対策済みだ」

『Type-X phase transition』

『activate』

 構え。

 刀の表面が、さざ波のように流れた。


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『5』

 誰もが、何かに祈っている。

『4』

 どうか、人間に残された、僅かな世界が。

『3』

 これ以上壊れてしまうことのありませんように。

『2』

 どうか、平穏な日々が。

『1』

 少しでも、長く続きますように。

 この世界がこれ以上、辛い場所に変わりませんように。

『――0――』

 カウントの瞬間、左翼の先端が、爆発した。

 次の瞬間、現れたのは、明けの空を水平に割く光の柱だった。

 超高密度に圧縮された徳エネルギーの輝きが、瞬きにも満たないうちに彼方へと伸びていく。

『+2、3、4……』

「出力、安定して上昇中!」

 『エリュシオン』の中枢で、『マロ』はその言葉を聞いたとき。密かに胸をなでおろした。

 兎に角、すぐさま爆発するような事態にはならなかった。巨大な機体は不気味な唸りと軋みを上げ、それはこの場所にまで届いているが。今のところ、大事は無い。後は、これが『効いている』かだけだが……

「変です!ビームが着弾手前で拡散しています!」

 その時。部下の一人の叫びとともに、目標付近の映像がモニタに映し出された。一瞬にして、全員の注意が其方へ向く。

 徳エネルギーのビームが、

捻じ曲げらえた光が。ドーナツ状の後光ような破壊の跡を現し、水面を抉ってゆく。


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 光条が到達する刹那。彼は、正面の虚空を突いた。そして、滝を切り裂くように。徳エネルギーのビームは切先で二つに

「この手の技術。我等に一日の長があること、忘れたとは言わせんよ」

 柄の先から垂れ下がったケーブルは、得度兵器の本体と接続されている。それがアースとなり、吸収された真正のブッシャリオンが得度兵器本体へと吸い上げられる。

 尤も、吸えるのは一部のみで、大半は『受け流す』ことになるのだが。この手の攻撃を無力化するには、十分な備えだった。


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「吸収……否、偏向でおじゃるか!!」

 考えてみれば、迂闊の一言。

| 徳エネルギービームは元々得度兵器向こうの専売特許だ。偏向装置リフレクターの一枚や二枚、用意していても、おかしくはなかった。だが、そこまでの対策を練るには、どのみち残されてはいなかった。沿岸部の攻撃での破損も期待したが、うまくは行かぬものだ。

「一つ、問う。これは?」

 そして、御簾の奥の彼女は。それだけを問うた。

「……おそらく、粒子励起銃身の技術を応用して、ビームをいるでおじゃる。吸収はごく一部だけで……」

「端的にだ」

 早口に答える『マロ』を彼女は遮った。

「たぶん、でおじゃる」

「つまり、……後は、力と力の勝負」

 そういうことだ。

「まぁ、シンプルに言えばそうでおじゃるなぁ。願いの強さ、でおじゃるか」

 果たして、何方の願いという名の暴力が、牙を剥くか。

 これは、もう、そういう話になったのだ。

「向こうも、『人』であるならば。願いの一つもあるのだろう」

 そうだな、と。彼女は同意し、そう応えた。


 ビームの出力は、照射開始からゆっくりと上昇していく。

 1100%。1200%。

「徳ジェネレータのプレナムに異常対流発生!これ以上は!」

 部下が叫ぶ。ビーム砲に直結された徳ジェネレータのオーバーロード。

 それは、『あの日』の再来を齎すのかもしれない。

「……そうか」

 と、考えて。『マロ』は気付いた。

 これは、いつもの戦いとは違う。

 己を救おうとする得度兵器ではなく。彼らは、己を害する『敵』から。己と、そして親しき人々とを護るために戦っている。それが、徳の高まりを呼んでいるのかもしれない、と。

 だが、だとすれば。それは危うい力だ。果たして、己の功徳が身を焦がすより前に。『敵』を、討ち滅ぼさねばならぬ。


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 徳エネルギーは、彼らにとっては眩過ぎる輝きだ。

 だからこそ、遠ざけた。だからこそ、手を伸ばした。

 少なくともそうだと、彼は信じている。

『capacity over』

「くっ……!」

 刀に罅割れが生じる。

 吸収容量は、決して無限ではない。しかし、決して少なくもない。だが、この力は、どう見積もっても解脱臨界量を遥かに超えている。そして、得度兵器が使うものとも、

「そうか、これが……徳の力!」

 これが、人の行使する、世界を変える心の力。指向性を持った意志(ロジック)の暴力。

 そして、己を焼き尽くす光。

!」

 『レイノルズ』は、己の構える刃の上に、微かな血の染みを幻視した。

 その瞬間、彼の心を、『死』が過った。あの時、あの戦いの時。得た思考を思い返した。そして、それを恐れた。

 彼は、確かに其処へ到達した。

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