第四節「アームド・ヴァーチュー②」
「徳エネルギーライン全段直結。徳エネルギー電送レベル安定」
「システム全体を動かすわけじゃない!中枢と関連システムだけ立ち上がればそれで十分だ!」
「何か手伝えることはありますかいのぅ……」
「おじいちゃん、危ないからこっちに退いてましょうねー」
「馬鹿!その人はクレイドル側のシステム管理専門家だ!」
転がった得度兵器の残骸の周りで、人や機材が忙しなく動き回る。旧拠点炉心から引いた徳エネルギーラインが、重機によって残骸に接続され、光が灯る。
「……やっぱりすげぇもんだな、仏舎利ってのは」
「普通のジェネレータに放り込んだら、爆発したからな。危うくあの日の惨劇を繰り返すところだった」
折角手に入れた仏舎利も、その扱いについては、試行錯誤を繰り返す他はなく……結局のところ、元あった場所、即ち拠点の動力炉にに返し、エネルギー源として使う他なかった。
生命維持機能を停止したクレイドルや、破損した工廠。それらへの供給をカットしたことで、今や徳エネルギーは寧ろ過剰な状態にある。この徳なき時代に、なんとも皮肉なことにだ。
「起動しますよ、いいですね」
機材の前でテクノ仏師が叫ぶ。
「やってくれ!」
「起動しました!」
「数字数えたりとかねぇのかよ!」
一拍遅れて、接続部から桃色の徳エネルギーが迸る。前回の時とは違う。扱える資材は増えたが、あまりに準備期間が短い。
「……これ、妙なことは起きねぇよな?」
「……わからん」
わからない、としか言い様がない。得度兵器のシステムを把握していた彼女はもういない。
「それでも、進むしかねぇんだよな」
そして、その彼女が制御下に置いたはずのものでさえ、拠点攻略の折に 原因不明の暴走事故を引き起こしている。
得度兵器についての知識は、嘗てとは比べ物にならぬ程に増えた。だが、逆に。知識が増えたからこそ、余計にわからなくなった。学問においてはよくあることである。そして、ただ「わからない」ことを知るために、どれ程の積み重ねが必要であるのか。とはいえ、
「……本当に、こんなもんが」
ガンジーは呟く。本当に、こんなものを。嘗ての人類は、己の手足のように扱っていたのかと。
「一応、中枢を切り離して全身不随にしてある。信じるしかない」
後ろには、万一に備えて空海や武装した採掘屋が控えている。
「……それはともかく、あの紙切れはどうやって読ませんだ?」
「おーい、『目』だけ動かせないか?」
「やってみます」
「……先に言うこと聞かせなくていいのか?」
「前回のやり方は、中枢をダメにする可能性がある。その前に試したい」
タイプ・ジゾウの両目に光が灯る。
「……これ、ビーム出ねぇよな……」
「ガンジー、紙を持って、あの顔の前に立て」
「うえええぇ!?」
「大丈夫だ、この型には白毫のビームドライブは無い。下敷きにならなければ、何とかなる。危険を引き受けるのも務めだ」
「本当だな!?信じるぞ!?」
『動かない』と散々言い含められているとはいえ、気分のいいものではない。
得度兵器の巨大な顔。その光る視線の前に立ったガンジーは。造形こそ違うものの、初めてそれに立ち向かった日のことを思い出していた。
「もういいか!?もういいよな!?」
「まだだ。今、走査中だ」
ガンジーは一瞬、巨大な瞳と眼が合ったように感じた。背筋がゾクっとした。
得度兵器のシステムは、人間の発する熱や音を集中的に拾うように出来ている。それは、彼等の目的ゆえだ。だからこそ、『人の持っているもの』にもまた、注意を払う。
『非僧侶 男性 非武装 推定徳レベル:低』
暫しのまどろみから覚めた中枢は、その眼前に救うべきものの姿を見止めた。そして、その手の中に握られる……
『……光学外部入力確認』
『エラー 通信ライン 応答なし』
直結された画面上に、目まぐるしくステータスが表示されていく。
「……これは」
「通信ラインを開け、と言っています!」
テクノ仏師がクーカイに告げる。
「どうしたものか……」
どうも、あの暗号を読むには、通信系が要るらしい。それとも、その内容に関係のあることか。だがそれは、この個体の得度兵器総体との接続を回復することを意味する。
「信号を出すことになれば……」
それは、極めて危険な賭けだ。こちらの情報が向こうに筒抜けになる。あの岩窟寺院都市のように。得度兵器に攻め込まれる可能性も……
「構いやしねぇ。何か問題があるか!?」
話を聞いていたらしいガンジーが叫ぶ。
「得度兵器に場所を知られるんだぞ!?」
それ以外にも、こちらの現在の状態を知られるリスクがある。だが、
「もう知られてるだろ!?」
ガンジーはそう叫び返した。
「はは……それはそうだ」
此処は、得度兵器の拠点。放って置いても、いずれは奪い返しに来るだろう。ただそれが、遅いか早いかだけの違いだ。
それに、どの道……
「此処を守れなければ、終わりか」
「どうします?やっていいんです!?」
「施設のアンテナと繋いでやれ!!ご老人、お願い致します」
通信デバイスがクレイドルの生き残った経路に接続される。
紙片のいたずら書きにしか見えぬ絵模様は復号され、ある通信回線へ割り込むための暗号鍵となる。
そして、ある男の意図せず起こした最後の気紛れは。人の世に、一縷の望みを繋ぐ
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