第四節「アームド・ヴァーチュー①」
「……うん、そうか。それで?やはり、そうか……了承した。包括観測を継続しろ」
純白の装束に身を包んだ『第二位』は、虚空に向けて語り掛ける。
嘗て、この星を背後から操った三つの帝は。各々に『切り札』を持っている。
例えば、『第三位』にとっての移民船団や、残存核兵器。現存する直属の実力部隊。或いは、彼が売り渡した機械知性のプロテクト解除コード。
徳カリプス。大いなる破綻を迎え、手足を削がれようと。その内の幾らかは健在だ。そして……彼にとっての、それの一つは。
「いや……『月』からの観測情報は、この状況では実に貴重だ」
旧・月面赤道加速器。それを保有する研究機関。徳エネルギー(ブッシャリオン)のメッカにして、後の世おいては、仏舎利崩壊実験を始めとする数々の極秘研究を国際法上の抜け穴を行う、謂わば人類圏の外側にある秘密研究機関。
それは、人類が宇宙を棄てて尚、稼働している。尤も、今や真っ当な運用は不可能となっているが。
「……やはり『ずれている』、か」
あの菩提樹(リンデン)を目にした時から、法外の奇跡を見た時から。何かがおかしいと思っていた。
その異状を判別するには、人類圏の外の眼が要った。嘗て、南極に居を構えた彼等と同じように。
「あれも、気付いているのだろうか」
彼はそう口にして、天を見上げる。
地球軌道に浮かぶ、忌まわしい二つ目の月。現状に於いて最大の不確定要素。南極での作戦以降は沈黙を守っているが、いつ動き出すか知れたものではない。彼にとっては、誰が勝っても良い。だが、あれを勝者にしてはならない。
『第二位』の装束が、赤く染まっていく。
「服喪は此処までだ。これより先は、全力で動くとしよう」
最早、憂いは無い。今の彼は、ただの世界を支えるシステムだ。勝利条件はユニオンの利益を最大化すること。茨の姫の玉座を護持すること。そして、そのための現状に於ける最適解は。
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「……ここで、こう動くと……」
「おい、ガンジー。少しは手伝え。百連敗がショックなのはわかるが、そんなことをしていてもどうせ……」
「ちょっと待てよ、今いいとこで……うわぉ!」
二人を乗せた車体が、大きく揺れる。盤上に並べられた駒が散らばる。
「諸行無常、というやつだ」
「もうちょっと丁寧に動かせよ!」
「もう少しで到着なんだ。我慢しろ」
雪山が開ける。遥か遠く、道の先には……今や見慣れた、巨大なドームが聳えている。
しかし、嘗ての揺りかごは既に環境調整機能を喪失し、人々は住みかを追われた。
代わりに、ドームの通用口から雪の地面にぶちまけられたかのように、掘っ立て小屋のような粗末な建物の並ぶ仮の町が乱雑に組み上げられている。
「……結局、戻って来ちまったな」
「仕方あるまい。此方にも向こうにも、都合というものがある。それに……『アレ』を運ぶのは骨だ」
あの雪山の都市ではあれからも、色々な出来事があった。彼等がそれを思い出すこともあろう。だが、それは今ではない。彼等が今すべきこと。それは、ドームの街の麓にまで辿り着いていた。
「……達磨みてぇになってるぞ」
「中枢を避けて倒すなら、どうしてもそうなるだろう」
得度兵器の鹵獲品。
「……と、いうよりも。あれはもしかすると、地蔵型じゃないのか」
「マジかよ……無茶してるなぁ……」
もしもアレが本物の仏像であるならば、目覆いたくなるほどの罰当たりであるが。しかしあれは、得度兵器。人類総解脱の尖兵である。
別行動中の肆捌空海に鹵獲を依頼したものが、届いたのだ。
「北の街から、既に技師も呼び寄せてある。加えて、此処には得度兵器の工廠もある。勿論、十全に扱える訳ではないが……今用意できる中では、最善に近い環境だ」
「……さて、後は。鬼が出るか、蛇が出るか、ってとこか」
果たして、あの男は。己の妹に、そして人類に。何を託そうとしたのか。それが正邪いずれのものであろうと。答えは、間もなく明らかになる。
ブッシャリオンTips 月面研究都市『月天』(Lv.1)
巨大加速器を含む月面研究機関は後に月都市の権利ごと買収され、極秘研究に用いられていた。その際の運用は「ムーンチャイルド」と呼ばれる人物・組織・システムに委ねられていたとされるが、その詳細は不明である。
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