間章『簒奪者』

第一節「頂上会談・序章」

アフター徳カリプス16年/帰還歴1年

南極大伽藍地上 物流区画

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 雪原に囲まれた着陸プラットフォームへ、潰れた円錐のような形状の巨大な物体がゆっくりと天から舞い降りる。それは大陸間弾道大仏の類ではない、功徳という概念からも無縁な、純粋な軌道輸送機である。

 それを出迎えるが如く待機する、ハーフブッダマスクの男、田中ブッダ。

『……本当に、私が居合わせなくて良いのか?』

「ユニオンの威光が通じる相手ならば、ここまで拗れんよ」

 通信越しの女の声を、田中ブッダは跳ねのける。既に一年近く、通信越しでやり合ってきた対手だ。こうして直接会談に縺れ込むまで紆余曲折こそあったが、どうにも掌の上という感も否めない。

「……やり辛いものだ、昔馴染相手というのは」

 輸送機の外壁が開く。タラップが伸び、幾つもの人影が下りてくる。その大半は、機械仕掛けの鎧を纏った完全武装だ。あれは、歩兵強化ユニット。一種のパワードスーツだろう。確か、Z-AMSとかいう規格だったか。兎も角あれは、戦闘用の、兵器だ。

 ベースは百年前の骨董品。今の性能の程は不明ながら、少なくともあんなものを纏まった数運用できる組織は、今まで地球上には数える程しかなかった。それだけでも脅威には違いない。

 だが、それすら些事とばかりに。田中ブッダの眼は、その厳重な『囲い』の中にある、一人の少女へと向けられていた。

 青い髪。華奢な体。それを覆い隠す、和服めいた長衣。100年の月日を一切感じさせぬ、少女のような整ったかんばせ

 雪の上に舞い降りた妖精の如き彼女こそが。現、プラン・ダイダロス総責任者。如月千里。彼の記憶の中にある少女。そして、何よりも。誰よりも。天より来たる人類総解脱の敵の姿であった。

「さぁ、『話し合い』を始めましょうか?」

 ただ可憐な少女が一言呟いた、その瞬間こそが。後に、歴史的転換点ターニングポイントとして記録される出来事の始点であった。


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 北関東、旧研究機関クレイドル拠点を喪失した得度兵器残存戦力は、俗に国分寺Kokubunjiと呼ばれる分散拠点を沿岸部に形成。一部は大陸へと撤退しながらも、また別の一部は海路によって補給を時折受けつつ、一定の勢力を保っていた。

「……どうして一遍に片付かねぇんだろうなぁ……」

 ガション……ガション……

「拠点の時のような総力戦を続けるわけには行かない。割ける戦力が減れば、時間が掛かるのは道理だ」

「分かっちゃいるんだがなぁ……」

 ガンジーとクーカイを乗せた、金色の四足歩行マシンが雪山を歩く。得度兵器の残存部品を転用した、ブッダ・ウォーカーと呼ばれる移動歩行機械である。

 この冒涜的形状のマシンはさて置くとしても。

 少なくとも、この一帯に関して言えば。今は丁度、一年前とは人間と得度兵器の攻守が逆転した状態にある。今は彼等が攻める側で、得度兵器が耐える側だ。必然、求められる戦い方も変わる。そして……だからこそ、仏舎利ありきとはいえ、此処まで来るのに時間も要した。

「……もうすぐか」

「あぁ。俺達が持ち堪えられた分の礼くらいは言わねぇと、罰が当たる」

「違いない」

 深い雪渓の底から、得度兵器の部品が突き出る廃仏毀釈墓場めいた景色。それこそが正に、目的地が近いことの印であった。そしてまた、『彼等』の戦いの証でもあった。

 旧世界に於いて建造されたジオフロント。嘗ての対得度兵器最前線。奥羽岩窟寺院都市。そして、或る意味においては、モデル・クーカイの故郷。その戦線としての役割を失い、モデル・クーカイ戦力の大半を喪失した今となって尚、山岳ゲリラ要塞めいて偽装されたトーチカがガンジー達の様子を窺っている。

 共に戦った者が、すぐさま味方になるとは限らない。それは果たして、この徳高き時代の残滓燻る今とて同じである。まして、自分達が手負いであればある程に。差し伸べられる手元の懐を勘繰りたくなるのが人の世の常というものだ。

 その蟠りが溶けるか、この雪渓の如く残るかは。偏に、これから先の彼等の働きにかかるのであろう。


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ブッシャリオンTips Z-AMS

 元々はAMS(装甲機動服)と呼ばれた宇宙空間活動用パワードスーツ規格を発展させたもの。戦闘兵器としての使用が主だが元々は多目的作業機械でもあり、数は比較的少ないながら恒星間移民船団にも搭載された。その後も独自の改良が続けられた模様。

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