第一節「頂上会談・破章」

「……要するに」

 極寒の極地にあって尚。田中ブッダの顔を、一筋の汗が滴る。

「無条件降伏をしろと?」

「いいえ?貴方が不法占拠している南極研究施設を、わたし達に返して欲しいというだけなんですが」

 同じことだ。

「それは出来ない。第一、地球退去時に其方は地球上拠点の所有権を放棄している筈だ」

「手続き上、出資機関への100年租借ということになってます。なので、所有権はわたし達にあるわけですが……そういう話でもないのでは?」

「確かに。我々には、妥協点を探す必要がある」

「ええ。なるべく、穏便に行きましょう」

 兎も角、移民船団の動きが早過ぎる。今、事を構えるのは避けるべきだ。纏まった軍事力を持つ、完全に機能する組織。それだけでも十二分に厄介だというのに。

「……南極と言わず、地球上に拠点が欲しい、ということならば代地を出そう」

「それも、アリと言えばアリなんですけどぉ。やっぱり、ここがいいんですよね。昔作ったサボテン温室もありますし」

 田中ブッダは、何か妙な違和感を覚え始めていた。

「というか、せめてわたしのサボテン温室返してくださいよ。今頃はサボテンの森ができてる筈なんですから!」

「残念だが、あそこはとうにリフォームして、今は私の住み処だ」

「ひっどい!」

 交渉と言いながら、向こうは譲る気が無い。そしてこの、あからさまな『引き延ばし』。

 何か、何処かで。結論は合っている筈なのに、大きな計算ミスをしでかしている時のような。足元の床の底が抜けるような嫌な感覚だ。

「しまいには⁉」

「交渉する気があるのか……⁉」

 この南極大伽藍は、向こうにとっても要地の筈だ。だからこそ、迂闊に手出しはできない筈。

 その筈だ。

「ありますとも!慰謝料貰わないと割に合いませんとも!」

 南極の大規模演算器。数々の計画遺産。幾ら木星拠点があるとは言え、軽々には手放せない遺構。

 だが、もしも。その前提自体に、誤りがあるのだとしたら。


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 同刻。宇宙空間、『ヴァンガード』主艦橋。そこでは、一人の女性が黄昏ていた。

「……はぁ」

 移民船団の副長にして、今この時は代表代理。元々は同じ目的のためにとはいえ。今では誰よりも、彼女に敵わないことを知っている。だから、こうして現代表の留守を守るだけでも辛いというのに。

「……副長。現地からの秘匿コードです」

「えーと、『しまいには泣きますよ』……ですね。確認しました」

 他ならぬ本人の提案とはいえ、現代表を『釣り餌』にする作戦の指揮を任されるなんて。本当に、気が重い。

「では、PDD-001「ティア・ジュエル」、軌道爆撃システム、最終執行を許可します」

 事の経緯は、単純だ。今の人類は暴走した機械知性体の脅威に晒されている。それは、『人類圏の拡大』を至上命題とする彼女達にとっては相応しくない。

なら、根拠地を首謀者諸共葬り去ればいい。

「最終破壊処置キャンセル」

「レッドラインまで300」

「着弾時刻調整の要を認む」

「終端誘導レーザー照射、インターバル3セコンドフラット」

 だからといって、『首謀者を地上に足止めする』ためだけに代表を囮に使うのには、最後まで反対だったのだが。本当に、仕方がない人だ。

「着弾、軌道遷移確認」

「着弾時刻、座標誤差許容範囲」

「レッドライン越えます」

 『よくできました』のふざけた表示が画面上に踊る。まぁ、ここまでは予定通りというやつだ。だったのだが。

「護衛部隊、ステータス交戦中!退避に遅れが出てます!」

「はぁ!?何やってるんですか!?」

 思わず驚きが漏れる。ステータスを見れば、護衛のZ-AMSが、確かに何かと戦っている。

「どうします?突入体をレーザーで逸らしますか?」

「……いえ、信じましょう。どうせ、この程度は織り込み済みでしょうし」

 何より、あの代表が、殺して死ぬとはどうしても思えないのだ。

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 南極の大地の上を、人間大の機体が滑るように駆ける。『ヴァンガード』の持つ数少ない機甲戦力、全高数mの、パワードスーツから発展した搭乗型ロボット兵器、Z-AMS部隊。そして、それを背後から仏像の如き機械仕掛けの兵器。ブッダ・エクス・マキナ。

『悪い夢でも見てるみたいだ……!』

 Z-AMSのパイロットは呟く。

 黄色の衣。白塗りの顔。布袋の如き表情の数十mはあろうかという巨仏が雪上を追いかけて来るのだ。徳の時代を知らぬ、異星で生まれた彼等にとって。それは本当に、現実離れした光景であった。

『ブラボー、チャーリーは散開。回り込んで脚元を狙え!アルファ3は俺と来い!』

 二機が跳躍しながら、腰にマウントした大型の実体弾砲を展開する。足場が悪いが、致し方無い。

『ウィリアムズ・マニューバ展開!』

 反動をスラスタで無理矢理殺しながら、実体弾を乱射する。

 相手は、大きすぎる。動きもノロい。まるで要塞だ。だから、狙うまでもなく当たる。

 脚部に弾着し、弾が炸裂する。

 大仏がよろめき……その足元の回りの雪が、桃色の光に照されながら、巻き上がる。

『コイツら、ホバー装備です!脚部を壊しても止められません!』

 思考連結(ナーヴリンク)で僚機の意図が伝わってくる。

『隊長、二機目と三機目が!』

 二つの雪柱が吹き上がり、その中から白塗りの巨大仏が現れる。

 予期された事態だ。此処は、敵の本拠地なのだから。幾らでも増援は来る。

『代表の退避はまだか!』

『ランダー周辺のクリアリング中!完了まで80秒!』

 攻撃警報。

『ビームだと!』

 機体の視界の隅が光り、モニタが一瞬で生の視界から処理画像に切り替わる。恐らく、粒子加速砲。大気圏内で。なんて非効率な。

 天を割く光の渦が。大地を薙ぎ払い、尾を引くように消えた。

 なんて、馬鹿げた出力だ。

『ブラボー2、脚部損傷!』

『こちらチャーリ―1、チャーリー5の通信と駆動系にダメージ!』

 おまけに、撃墜こそ無いが、何機か

『損傷機体は三人一組スリーマンセルで下がらせろ!デルタ、エコーは防衛ライン維持を優先!代表に指一本触れさせるな』

 地上、しかも慣れぬ雪上、極地での戦いとなれば、不利はもとよりのとこと。それでも、状況は芳しくない。部隊の損耗率だけが、じりじりと上がっていく。

『……急がねば、此方も巻き込まれるぞ!』


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 局地戦用、タイプ・ミルクの展開は完了した。局所的には善戦はしているが。

「……まさか、端から取り返す気が無いとは」

 田中ブッダは空を見上げた。

 南極の空に流星の雨が降り注ぎ。光の筋が分裂して、天に大輪の花が咲く。

「……だが頭を押さえれば、まだ勝機はある」

 ビームの光が重なりあうように咲き、弾ける。花は崩れ、複雑な幾何学的模様を空へと描き出す。

 軌道爆撃の突入体と、南極大伽藍の防空システムが拮抗し描き出す終末の絵模様だ。その在り様は、美しくすらあった。

 それでも、目を奪われてばかりはいられない。本格的な飽和爆撃が行われれば、この拮抗すら崩れかねない。

 田中ブッダは手近な大深度地下直行エレベーターへと乗り込む。


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『弾体の被撃墜率、現時点で82.6%。直撃弾5%以下とのことです』

「……予想より損耗が大きいですね。それだけ当たれば、牽制には十分です。追加目標は失敗しそうですが」

 本気でこの南極大伽藍を潰せば、地球の気候に不可避のダメージを齎すことになる。今の段階で、それは望ましくない。ゆえに本来の目的は物流拠点を始めとする上層施設の破壊、オプションとして田中ブッダの暗殺にこそある。

 だから、今回の作戦は一応、成功と言ってよい筈だ。

「とはいえ。やっぱり、知り合い相手では上手くは行かないものですね」

 青い髪の少女。如月千里は、機兵の腕に抱き抱えられながらそう呟いた。


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ブッシャリオンTips タイプ・ミルク

 タイプ・ミロク系列派生機。主に南方信仰に於いてミロクが布袋と習合され変じたミルク神をベースとしていると思われる。

 開発経緯は兎も角、現在では顔に合わせた白系列の雪中迷彩が施され、極地専用機としてチューニングされている他、『星の揺籠』の成果物である惑星改造用灌漑ユニットも装備されており南極基地の改造やメンテナンスにも用いられていたようだが、本編中では未使用。生産数も少なく、レアな機体である。

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