第243話「風が吹くとき」
本来の目的は達成した。その筈だった。元々、無理な計画だった。それでも、彼等はあらゆるものを積み重ねて、ここまで辿り着いた。
「……今更、終われねぇ」
ガンジーは、呟く。この十五年を、全部無駄にしろというのか。あの日に終わらなかったことを、無にしろというのか。
無理だ。そんなことは。
出来る筈がない。あの時終わっておけば良かったなどと、思うことだけは。
「……考え方を、変えるしかねぇ」
今動けるのは、彼一人だけだ。だから一人でも、出来ることをするしかない。
「いや……」
まず考えるべきは、合流だ。『本隊』。クーカイ。或いは、ドームの中の生き残り。誰でもいい。
どうにかして、この異変を止める。最悪でも、逃げ出す足を確保する。
「……考えろ」
こういうのは、本来ならば、得意なのはクーカイの方だ。幾つもの考えが浮かび、ガンジーの頭の中で消えていく。漠然とした発想を、具体的なプランへと必死に手繰り寄せ、固定していく。
「……考えろ」
何が出来る。何がある。
手元の通信機がノイズを吐き出し続けている。致命的なのは、高濃度ブッシャリオンによって通信手段が完全に壊滅したことだ。通信機もズタボロで、とてもネットワークが生きているとは思えない。地下にあった有線網も、使い物にはなるまい。
だがそれは、誰もが同じ筈だ。そう、誰もが。
「……みんな、同じだ」
これは、仏理現象だ。だから。人類にも、『得度兵器にも』、平等に作用する。なら得度兵器とは、何だ。ノイラが、クーカイが言っていたことを。そして……あの、ミロクMk-Ⅱの『端末』に起きたことを、必死に反芻する。
得度兵器とは、ビームを撃ってくる大仏のことではない。
人類総解脱を目的とする、意志だ。その集合たるネットワークだ。
……そして。その『端末』である得度兵器が、互いに切り離されれば。その目的は、絶対ではない。
「……何が起こる」
通信が遮断され、ネットワークから切り離された今。
まだ、足りない。まだ答えには辿り着けない。分断された状況にある得度兵器。そして、今のこの状況。惜しい所まで辿り着いても、そこから先へ進めない。
「……やめだ!」
こういう時は、一度リセットするに限る。思考を巻き戻す。まずは、合流を優先する。通信が使えずとも、走って行けばいい。
そして、その当ても、実のところある。『相棒の勘』のような、漠然としたオカルティックなものではない。いや……オカルティックであることに違いは無いのだが。
「オイ!起きろ!オイ!」
ガンジーは、僧兵達の中の一人を叩き起こす。ついさっき、彼等は『力の流れ』を感じていた。
「な……なんだぁ!?」
比較的大丈夫そうだった、まだ年若い少年が飛び起きる。
「さっき、クーカイの居場所、わかっただろ。教えろ」
その情報と、目的地である動力炉の位置を組み合わせれば……恐らく、クーカイの現在地を推測可能だ。
「空海さんなら、そこに転がってんな」
「そっちのヤツじゃねぇよ……もっと遠くに居る筈だ。信号弾が上がってねぇのが気になるが……」
本来、目的地に到達した後の連絡法として信号弾を用意していた筈だ。それが上がっていないということは、まだ到達していないのか。それとも、何かあったかだ。
「とにかく、いいから方向だけでも教えろ!」
「人使い荒ぇなぁ……」
少年は、光定は。頭痛を我慢しながら、遠くを見るイメージをする。幾度も外から『揺さぶられた』せいで慣れが出来はじめているのか、他の僧兵と比べて回復は早い。
とはいえ、彼の異能はそもそも安定していない。『何が見えるのか』、彼自身でさえ完全には把握できていない。
意識を集中するにつれ、頭の痛みが退いていく。代わりに、眩しい光のような徳エネルギーの輝きが視える。塗りつぶされる光の中から、遠くを見るように。『複雑に絡み合っているもの』を選び取る。
徳エネルギーを力と変える者達。幾つかの存在。空海と似た光。人間ではない、けれど徳エネルギーを使う、正体不明の不気味な何かの光。そして……
天上より形を為しつつある、朧気で巨大な何かの影。それら全てに目を背け、彼は、目的のものを選び取った。
あの、空海と似たところのある光。
「……こっちだ」
「……動力炉と、同じ方向か」
ガンジーは彼方を見据えた。
「よし、行くぞ!!」
「死んじまうって!」
「でも、行くしかねぇんだよ!」
少年が、その『視界』から目を背ける直前。光の中で、小さな黒点が瞬いた。
それは、彼女の放った切り札の。そして……浄土に開いた一穴の輝きであった。
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