第242話「浄仏国土」
『自転エネルギー変換効率安定』
『物理座標誤差限界値。変換停止。慣性閉込へ移行』
『浄土域安定。仏国土クリアリング開始』
地揺れが止まる。巨大な徳エネルギー炉心と化した拠点。天に煌くオーロラ。
終末の光景の中。地に満ちた徳エネルギーを吸い上げ、大樹が芽吹く。機械仕掛けの仏が、現し世の殻を溶かし始める式を駆動する。
そして、『その先』へと。計画はシフトする。
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「……なんだ、これは」
ノイラは、呟いた。移動指揮車両は全壊している。『奥の手』もだ。
乗員には怪我人こそ居るが、まだ全員が生きている。車は持ち出した機材で、近場の戦力との連絡を回復せんと試みているが……この混乱下では、恐らく無駄な努力に終わるだろう。
それよりも、問題なのは。何が起きているのか、全くわからないことだ。
彼女ですら、わからない。曲がりなりにも、徳エネルギーを識る者である彼女を以てしても。
「……違う」
高密度徳エネルギーの過剰供給によって発生する、Y相転移。解脱現象。ブッシャリオンの崩壊との相関性。
知っている知識と、知らない筈の知識が彼女の脳裏を駆け巡る。
義兄(第二位)のような人格統合処置こそ行われていないが、彼女の脳は外付けのライブラリに接続されているのが在るべき姿だ。衛星網を開いた折、その接続が僅かに回復し、同期があった。
その『新情報』を以てしても。いや、それを持っているが故、克明にわかる。
「あれは、徳カリプスとは違う!」
此処から先に起こるのは、全く未知の現象だ。現実の世界が、歪められている。だがそれは、徳エネルギーの作用だ。少なくとも、今はまだ。
残された時間は幾許も無い。
彼女は周囲を見る。彼女と違い、生身の人間達を。何の力も、遥か彼方の知識も持たない者達を。
それでも抗う、者達を。
この戦いで、彼女は既に多くの血を流してきた。故にこそ、手の届く者達だけでも救わねばならない。救いを阻まねばならない。
この無法は、徳エネルギーの齎す必定だ。ならばこそ、長続きはしまい。ならばこそ、阻む手段は存在する。
強制功徳中和器(プラジュニャーパラミタ・ニュートライザー)。彼女の肉体に、望まず組み込まれた最終手段。仏舎利応用研究の副産物。それは、周囲空間の徳エネルギーを強制的に発散させる、『逆強制成仏兵器』。
これを行使すれば、現在の空間に対して徳レベルの空乏を作り出すことができる。だが同時に、彼女の肉体を駆動させる力もまた、消えて失せる。仏舎利より生ずる徳エネルギーで駆動する機械じかけの肉体にとり、これは即ち自殺に等しい機能だ。
「……嗚呼、そういうことか」
一瞬、彼女は理解した。何故、己の体にこのような機能が付加されていたのかを。
己の命を擲ってでも、護るべきものが生れた時のためであったということを。
彼女の瞳の奥で、蓮の模様が反転する。
己が己であることを守らねばならぬと、彼女は嘗て思っていた。過去をいつか、笑い話に変えるために。
だがそれは、隣に誰かが居てこそ叶う願いだ。
ただそれだけのことに心底気付くのに、果たしてどれ程の時を費やしたのか。
「後は、任せた」
そう言って、ノイラは、糸の切れた人形ように動かなくなった。
引き換えに、その肉体から漏れ出た魂のように、世界が塗りつぶされていく。
否、既に膨大な徳エネルギーによって『組み替えられていた』世界に、風穴が開く。
地を辛うじて覆う雪が、白く変色していく。
「私達、きっと、大丈夫だよね」
動かなくなった舎利ボーグの体の傍らに伏せる者の一人が、誰にともなくそう呟いた。
その時、完全であった筈の堤に、小さな風穴が開いた。真新であった筈の新たな浄土に、染みが生れた。
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ブッシャリオンTips(再掲) プラジュニャーパラミタ・ニュートライザー
強制功徳中和器。人工的な徳雪崩を発生させ、徳エネルギーを空間に発散させる装備。徳エネルギーをリセットし強制的な解脱を避けることから、逆強制成仏兵装とも。現在得度兵器が用いる徳エネルギーフィールドの原型の一つである。
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