第241話「アンカー」Side:ガンジー

 雪の下の回路(サーキット)が弾ける。地面が数m単位で隆起し、或いは同じだけ陥没する。そして、地の底より徳の光が漏れだしはじめる。大気が揺れ、雨雲の隙間からオーロラが見え隠れする。

 終末の二字で覆うには、傍目から見て尚、その光景は凄惨に過ぎる。まして、その場に居る人間にとっては。

 つい先程『出来上がった』小山の上で。『第二位』はその有り様を観測していた。だが、どうにも、彼の望む情報は完全には得られそうにない。理由は、単純だ。

「……なんと、脆い星だ」

 地下を貫通する高圧の徳エネルギーと、拠点のマンダラ・サーキットの相互作用。その負荷に、地殻が限界を迎えている。この近辺の地盤が丸ごと、星から引き離れようとしているのだ。それはあたかも、惑星に撃ち込まれたアンカーの如く。

 此のままでは、望む結末データを得るより先に地が割れる。

 得度兵器はこの拠点を放棄する気なのだろう。だからそのついでとばかりに、をしている。そして、恐らくは何かのも。

「……内陸に態々拠点を建造していた時点で、何かあるとは踏んでいたが……」

 この動きはやはり、性急に過ぎる。プロテクトを外した程度で、こうなるものか。やはり『己の目』で見ねば、わからぬこともある。

 あのモデル・クーカイと妹は一時的に見失ったが……モデル・クーカイの方は、死ぬならばそれはそれで良し。妹の方は、この程度で死ぬようにはできていまい。幸い満足には動けぬようであったし、この事象が終息してからゆっくりと見つければ良い。

 今迄の十余年。そして、『彼』が生きてきた年月に比べれば。それは、なんと短い刻であることか。


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「……こいつは、フィールドなのか?」

 ガンジーは、辺りを見回す。地面の底から、徳エネルギーが間欠泉の如く自噴している。恐らく、その徳柱の一本一本が徳エネルギー兵器級の出力だ。当たれば解脱は免れまい。

 ……だが、それでも。このままこの場所に居続けるのは不味いと、彼の勘は告げていた。

「ここで使ってくるのかよ……」

 フィールドの使用は想定されていた。だが、この規模で。尚且つ、漸く勝利に手の掛かったこのタイミングで使われるとは。正直なところ、想定外だった。

 彼らは瀬戸内や琵琶湖での実験を知らない。だからこそ、規模についての想定がどうしても不足した。周囲の徳エネルギー密度が凄まじい変動を繰り返している。ジェネレータの覆があれど、ガンジー以外……つまり空海と僧兵達は、ほぼ行動不能と化していた。

「……どうする?ガラシャ」

「ぎぼぢわるい……」

 ガラシャももう、限界だ。彼女の歳を考えれば、寧ろここまでよくもったと言えるだろう。クーカイがどうなったかもわからない。相棒もまた、何処かで戦っているのだろう。

 だが流石に、ここから逆転できるような都合のいい奇跡は、起こり得るのか。

『人事を尽くして天命を待つ』という故事がある。

「……クソくらえだ」

 ガンジーは呟く。この期に及んで、神仏に助けを求めるなど。

 彼が信じられるのは、仲間と。そして、共に戦うものだけだ。


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「やった……!やりました!」

 三つ目の動力炉で、眼鏡の採掘屋が小躍りしている。その足元には仏舎利カプセルがある。

「止せ!そんな場合じゃないだろ!」

 別の採掘屋が彼を窘める。

「いや……いい」

 彼らの後ろで、絞り出すような声がした。

 そこに居たのは、杖をついた大柄の男。……クーカイだった。彼は血塗れのまま、動力炉の中へ倒れこんだ。

「クーカイさん!」

「しっかりしてくださいクーカイさん!」

「誰か、医療キットを!」

 採掘屋達が駆け寄る。

「あの化物はどうなったんだ!?」

「見失……なった……」

 いや、見逃して貰ったと言うべきか、とクーカイは思う。

 堅固な動力炉のジェネレータ内部にも、破口から外部の徳エネルギーが浸透してきているのを感じる。このまま内部に留まれば一網打尽に解脱する羽目になろう。

「今のうち……遠くへ逃げろ」

 クーカイの意識が途切れそうになる。

 モデル・サイチョーの効果時間も、あとどれ程残されているのか。無理な能力使用による損耗も、恐らく確実に体の何処かに代償として現れよう。

 今回ばかりは毛がなし、という訳には行くまい。

「その時間は、俺が稼ぐ」

 不完全な能力駆動式でも、手元に無尽蔵の徳動力があれば話は別だ。己がどうなろうと、彼らは生きて返さねばならない。

 クーカイは瞑目し、静かに覚悟を決めた。



 だが、

 沈黙は一瞬ももたなかった。

「そりゃないですぜ」

「担いでも連れてきますよ」

 採掘屋達が、めいめい勝手に口を開いたからだ。言葉は違えど、その意志は、一つだった。


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温泉Tips 間欠泉

 主に火山地帯にみられる、水蒸気や熱湯を噴出する温泉のこと。仕組みについては概ね、地底に蓄えられた温水が地熱によって沸騰し、一部が水蒸気になることで地上まで押し上げられるというものらしい。

 過去にはこれを洗濯機の代わりとした逸話も存在するが、決して真似してはいけない。

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