第XXX話「アナザータイプ」Side:『ヴァンガード』

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 遙かなる木星。ガニメデ近傍軌道上。嘗ての宇宙国家の残骸を刻む星影から、巨大な人工物が姿を見せる。

 それは、錨のような、傘のような形をした船だった。

 恒星間移民計画、プラン・ダイダロスの中枢。衛星一つを『潰して』建造された、史上最大の星船。

 遥か昔に旅立った筈のそれは、いつ頃にか太陽系の内側へと帰還した。気付くものは気付いている。だが、それが何故なにゆえであるのか。確たる証拠を持つ者は、当人達を除いては存在しない。彼等は如何なる狙いに因ってか、現在のところ地球圏の勢力との連絡を遮断しているためだ。

 巨大な船に設けられた、傘状の居住区。その付け根付近に、彼女の居室は存在する。

 青い髪をした、十代半ばの外見の少女が、タンク状のベッドの中で寝息も立てずに眠っている。その姿は人間というよりも、人形のようですらあった。そして、彼女の眠りは……何事も無ければ、あと数時間は続く筈だった。

『お休み中、失礼します』

 タンク内部に通信音声が響く。

「ふにゃあ……」

 声に反応するように。人形のようであった少女が、人間のように動き出す。具体的には、寝ぼけた声を口から漏らしながら、手で顔を擦る。

「むぅ……地球で異変ですかー?」

『はい……相変わらずのお察し力ですね。対地観測網がY型相転移と類似の反応を捕捉しました。座標は日本の旧首都近郊です』

 それは、あの『拠点』での異変だった。

「規模は?」

 緊張の糸が、一瞬にして張り詰める。

『ネガティブです。ごく小規模で、既に終息に転じています』

「……二度寝していいです?」

 そして、直ぐに緩む。少女は欠伸をして眠さをアピールする。

『駄目です。事後対応と、今後の方針を決めて頂かないと』

 しかし、残念ながら通用しなかった。

「それなら、簡単です。炉心のサルベージ作業を続行。完了次第、本船は火星行きをスキップして地球へ到達します」

 少女は仕方なく、『わかりきった事を聞くな』とばかりに、不機嫌そうにそう告げる。

『は?しかし……火星には移民の生き残りが居る可能性が』

「心配なら、火星にはを送ってください。多分、事態が思ったよりも待ったなしです。わたし達はプランB-5から8を基盤として行動します」

『はい。では……地球圏到達後は、を最優先、ということでよろしいですね?』

 正確を期すならば。奪取、という表現は用いるべきではないだろう。

 何故ならば。南極中枢拠点、『星の揺籠』は……元はと言えば、彼女達の持ち物だ。木星への拠点移管後は、借款に出していたと記憶しているが。それでも所有権が揺らぐ訳ではない。

 だから、奪い取る訳ではない。だから、ただ、返して貰うだけだ。

 だが、その訂正も面倒とばかりに、少女はごろんとタンクの中で寝返りを打つ。

「それじゃ、後はお任せします……あと、できれば『鏡』の準備も……すー……すー……」

『……おやすみなさいませ』

 通信の音声が途切れ、タンク内に静寂が戻る。

 『ヴァンガード』の方針転換は、斯くして少女の閨の内に成った。だが、それで問題は無い。たかが寝起きだという程度で、計画総責任者たる彼女が。判断を誤ることは無いと、この船の人間は知っている。

 何故なら彼女は、数多の試行と犠牲の積み重ねの果て、この計画のためだけに創り出された、聡明な働き手ダイダロス。決断するための装置であるのだから。


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 巨船の眼下には木星上の重力異常の創り出した嵐が広がっている。嘗て、もう一つの可能性が産んだ巨大な歪み。その直上には、巨大な母艦と連結されたサルベージシステムが投錨している。

 重力禍の只中に於いても、その原因たる動力機関の『核』はいまだ健在だ。と、いうよりも。であるからこそ、この異常は続いている。そして、彼女達は正に、その核を拾い上げようとしている。

 重力異常へ向けて、断続的にビームが照射される。その度、重力場が歪み、少しずつ渦の直径は縮まっていく。解体されつつある重力災害の只中から、青白く輝く小恒星の如き光が覗く。

 その源こそ、もう一つの概念機関イデアル・エンジン。次元階差機関(DDD)炉心。

 否、そのもといを知るものならば。こう表現するだろう。


 オルタナティヴ・ブッシャリオン・コア(ABC)。

 もう一つの、『人造仏舎利』と。



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ブッシャリオンTips 『ダイダロス』(人)

 恒星間移民は、そもそも人の認知を大きく超える規模の計画だ。百年単位のスパンと、膨大なセクション。まして、全てが前例も無いプロジェクトとなれば、それを制御(コントロール)下に置くことは、ただの人間にも、機械にも、不可能だった。そして……この計画は、人間のためのものでなければならなかった。

 故に、計画が中期段階に移行する頃、『そのため』の存在が作られた。遺伝子操作と人体再構築の積み重ね。やがて技術テクノロジー。その集成として、世界各国で作られた幾つかの競合試作品の中から勝利を収めた者こそが現在の計画責任者である。

 つまるところ彼女は、人の身でありながら、人の分を超える決断をするという二律背反をその身に収めた、ある種の『超人』なのである。

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