第239話「不調」
「……退いていく?」
混沌とした戦場の片一方で。ガンジー達は不思議な光景を目にしていた。
今まで仕切りに襲い掛かってきた、猿の頭をした作業ロボットが……まるで、引き潮の如く退き始めているのだ。
「……勝った、のか?」
反撃の手を休め、ある僧兵が呟く。
「いや……」
違う。あまりに不自然だ。あの広域を覆う『奇跡』の力による影響を避けるためであるのかもしれない。いや、そうであったなら、良いのだが。
その奇跡もまた、何処か揺らぎ始めている。空海はガンジーの顔を見た。どうやら、『根本』に何か起こったらしいことは、彼等には察することができる。しかし、それを彼に伝えるべきか否か。
「……とにかく、今が攻め時ってことは間違いねぇ」
一方で、ガンジーは気負う。恐らく、相棒が作った機を決して無駄にすまいと。
「この隙に頭を叩く」
あのドロイドには、恐らく制御中枢がある。それを破壊すれば少なくとも、繊細な連携は破れる筈だ。
「……だが、どこに?」
空海は尋ねる。その『頭』とやらは、何処にあるのかわからぬ。
少なくとも彼等の知る得度兵器は、巨大な仏像型だ。もし雪中に埋もれていたとしても、その存在感は甚大に違いない。しかし、見当たらない。地下の膨大な奔流のせいで、徳エネルギー探知も効きが悪すぎる。
彼等の抱える謎を解き明かすには、異なるものの見方が必要だ。より大局的かつ複合的な視座が。
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ここで、少しばかり視点を変えてみよう。
そもそもの話として。得度兵器には、人類と『戦う』動機は存在しない。『それ(It)』が行うのは、飽くまで救済であり、その途上に存在するもの、人類総解脱の障害となるものの排除である。
障害。即ち、舎利ボーグや、『奇跡』を使う者達。『裏切り者』。
その障害を排除する中で、或いは人類そのものとの戦いの中で。拠点内での得度兵器の解脱遂行能力は大きく削られた。強大なパイプラインによる補給はあれど、それを用いる得度兵器の『蛇口』が足りない。加えて、人間達は拠点内部各所へと散らばっている。補充戦力を投じても、それを失う恐れすらある。
既に、幾重にも混沌とした戦場で、損耗は半ば予測不能だ。
人類を遥かな高みへと旅立たせなければならない。しかし、同時に、それを確実に達成し続けなくてはならない。
故に、彼等は最短距離で、予測可能な損耗によって行使可能な手段を選択する。この戦場を、戦場でなくしてしまう手を。
『『拠点放棄プロセス』 可決率58%条件付賛成21%』
『条件:付帯計画(アペンド)の実行』
『条件承認。プロセス承認。カウント開始』
得度兵器の行使した『放棄プロセス』そのものは、至極単純だ。
拠点の持つ徳駆動力全てを注ぎ込み、この地上に徳カリプスの再現を齎す。地の上にあの日の光景を顕現させ、浄土の底へと沈める。ただの拠点サイズの徳ジェネレータであり、安定化された一種のフィールド発生装置(エフェクタ)だ。
失った仏舎利の力は、外部供給によって補填可能だ。ならば最早、実行に些かの躊躇いも無い。有効範囲外の主な得度兵器は、ほぼ退避済みないし未達。損耗は最小限。
そして、もう一つ。
『実行』
地下の深くで、『栓』が抜ける。其処に座すは、タイプ・アンテイラ。由来となった安底羅の本地は、救世菩薩である。数多の姿を持つ仏である。
その機能の一つは、作業ユニットの『司令塔』。そして……もう一つは、長大な試験誘導路に仕掛けられた、『制御弁そのもの』だ。
弁によって堰き止められていた徳エネルギーが解放される。地をのたうつ紋様に、膨大な徳の力が注ぎ込まれる。
雪の下に埋もれた回路(サーキット)が、光を放ち脈動する。
それは、地を覆う曼荼羅であり。そして……膨大な量の圧縮された経文でもあった。
拠点の全体が、巨大なマニ車の一部と化した。
「また地震か……!」
天地が逆巻く。徳の光が溢れる。地が割ける。まるで、小さな岩盤が、この星全てを引き摺るかの如く。
その日、地球の一日は微かに伸びた。それでもまだ、これは始まりに過ぎなかった。
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