第213話「果ての邂逅」
『あの時』のような走馬灯は、今回は無かった。ただ一瞬、今まで目にしてきた景色が遅く見えて。眩い徳の輝きに、ガンジーは思わず目を閉じた。
次に目を開けた時。そんなことが、彼自身出来るとは思っていなかったが。
徳エネルギー兵器の光条は、彼の手前で『捻じ曲がり』、明後日の方向を照らしていた。
代わりに。目の前には、坊主頭の後頭部があった。
「クー……カイ……?」
だが、言葉にした後、違うと分かった。
ガンジーと同じくらいの年頃の、袈裟姿の僧侶。そして、徳エネルギー兵器を『弾く』、光の壁。
クーカイではない。しかし、何処か、何かが。クーカイに似ていた。
「……はぁ、はぁ。驚いた」
徳エネルギー兵器の照射が停止する。得度兵器が『無駄遣い』を止めたのだろう。
それと同時に、光の防壁も収まった。荒い息遣いのまま、僧侶が口を開いた。
「拙僧の名を、ご存知とは」
「お前も……クーカイなのか?」
「……『も』?」
「話はあと!」
ガラシャがガンジーを引き摺るように、巨大ドームの方へ駆け始める。
「お坊さん!お願い!」
もう、ここで終わっていいと。以前の彼女ならば、思っていたのかもしれない。
「私とガンジーを守って!」
だが、今は。そんな思いは、心の隅を過ることすらなかった。
「……心得た」
肆捌空海は、そう答えた。多分、壱参空海ならば、そう言うのだろうと考えながら。彼の真似をすれば。折れ欠けた己を少しだけ奮い立たせることができた。
手の震えは、収まっていた。だが、彼自身何が起こったのか、よく分かっていなかった。ただ、徳エネルギー兵器と思しき変動と、眼前の無防備な二人を見た時。気付けば、身体が動いていた。
怯えは、無くなっていない。目の前の二人が、何者なのかも定かではない。
それでも、此処で彼等を見捨てれば、喪えば。自分は二度と立ち上がることは出来ぬだろうと。そんな予感が、何処かにあった。
「……ありがとな、助けてくれて」
「否、それは此方の方だ」
距離にして、数百m。つい先程までなら、数歩の距離。雪の上に刻まれた『無名仏』の巨大な足跡へ隠れるようにしながら、巨大なドームの壁へと進む道すがら。彼らは短く言葉を交わした。
名前も、出自も。互いに疑問を抱えながらも。口をついて出たのは、礼の言葉だけだった。そして、別々の場所で戦い続けてた彼等の道は。その瞬間、交わったのだ。
三発目。別角度からの徳エネルギー兵器第二射を、肆捌空海が捌いた時。彼らは、巨大な壁の前へと辿り着いた。
「現状は、如何?」
「……俺達は、南側からこの得度兵器拠点に『攻め込んで』きた。もうすぐ、仲間が後を追って出て来る筈だ」
「其の仲間の内に……モデル・クーカイは居るのか?」
「……居ねぇよ。俺の相棒は、『ただの』クーカイだ」
「そうか」
少しだけ、言い澱んだ後。ガンジーは迷いなくそう言い切った。空海も、それについて深くは問わなわかった。その暇も無かった。
「ところで、お坊さんはどこから?」
ガラシャは、その沈黙の隙を突いて問いかける。
「そうだ!おま……あんたの仲間も居んのか!?」
「拙僧は。否、われわれは、得度兵器の拠点の内に潜伏していた。仲間は間もなく、此処へ来る……筈だが」
肆捌空海は、少年と『僧兵』達の身を案じながら、そう答える。本来ならば既に合流していてもおかしくはない時刻だ。何か問題が起こっている。
「……あの耳鳴り」
得度兵器の戦闘を間近で見た時に受けた、あの感覚。
遺伝子改造を施され、修練を積んだ彼ですら意識を手放しそうになったのだ。未熟な彼らの身に、何が起こっているやら。
「仲間に何かあったんだな!?なら行くぞ!」
ガンジーは察する。
「しかし、増援との合流は……」
「坊さん!坊さん!」
その時、ドームの通路の奥から、ドタバタと幾つもの足音が聞こえる。
「……来たか!」
少年と、数人の僧兵達。但し、半数程は仲間に背負われ、前から見ると団子のような有様になっている。
ガンジーは、内心激しい不安を感じたが、
「わかるけど、言っちゃダメだよ」
「お、おう……」
ガラシャに釘を刺されたので、心の中に押し留めた。
天を焦がす狼煙は、小さな耳鳴りとなって。彼の出来損ないの徳エネルギー感覚を微かに揺るがした。
(……届いた、か)
クーカイは、それでガンジー達が目的を果たした事を不確かながら察した。車列の先頭はタイプ・ジゾウの残骸を迂回し、既に得度兵器の拠点領域内へと突入している。曲射による攻撃も、中継装置を幾つか壊したことで一時的に止んでいる。
後は、得度兵器の増援が届くより前に施設の制圧を行う。それで、彼等は勝てる筈だ。この黄昏の世界を、終わらせることが出来る筈だというのに。
(……何だ、この胸騒ぎは)
クーカイは、言い知れぬ不安を感じていた。それが、相棒を案じるが故か、己の異能の残滓によるものか、はたまた、ただの勘違いなのか。
分からぬままに。ただ、時だけが過ぎ去っていく。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
『仏舎利唵 样本』
『第一、第二、第三同調確認』
『拠点放棄プロセス 可決率23%』
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
ブッシャリオンTips 仏舎利唵 样本(ブッシャリオン・サンプル)
無限のエネルギー源とされる仏舎利も、それ単体ではただの特殊な徳遺物に過ぎない。ブッシャリオン世界の仏舎利の大半はマンダラ・サーキットと融合され、徳エネルギー源として使用可能なよう処置が行われている。
それが仏舎利標本(ブッシャリオン・サンプル)と呼ばれるものの正体である。徳エネルギー時代に於いて、社会システムを崩壊させかねないブッシャリオン・サンプルは核兵器以上の戦略物資として扱われた。そのため、「ムンバイ協定」によってその用途は厳重に制限され、多くが軌道上の自律衛星ネットワークへと封印されることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます