第212話「徳の護り」
「ガ、はっ……!」
徳エネルギーの暴発(バースト)の被害は各所に及んでいた。一時的かつ局所的とは言え、ある地点の徳エネルギー水準が解脱臨界寸前にまで急上昇したのだ。膨大な徳のノイズが、周囲に嫌でも影響を齎すことは避けられない。
その一つ。巨大ドーム(クレイドル)の出口近くに、気絶した僧兵達が転がっていた。
折り悪くも、空海の支持に従い少年が呼び集めた、クレイドルの僧兵達。彼等の未熟な異能は、この事象に対しあまりにも脆弱であった。
魚河岸めいて僧侶が転がる光景は、末法の権化とすら呼びうるものであった。だが、その中から……少年は辛うじて意識を取り戻し、起き上がる。少年の感覚は。既に、この異常事態に対応しつつあった。
「ちくしょう!おい、起きてくれよ!」
意識を喪った僧侶達を、彼は必死で叩いて起こして回る。とはいえ、彼自身もまた万全ではない。頭の中ではいまだに妙な頭痛が鳴り渡っている。聞こえる筈のない、声のようなノイズまで響いてくる始末だ。
「うるせえ!ちょっと、黙ってろ!」
恐らく、それが彼の異能の齎すものであることは分かる。だが、まだ彼には、自分に『何が聞こえているのか』分からない。
周囲の人間の思念なのか。遠くの誰かの叫び声なのか。或いは、託宣の類か、はたまた正真の幻聴か。
彼には、分からない。そも、雑多な音に溢れたこの戦場で。『誰かの声』が聞こえるというだけで、それは異常な出来事なのだ。
それでも今は、彼は構わず村の人間を揺り起こしていた。或いは、ドームの中まで同じ状況ではあるまいか、と心の何処かで案じながら。
「……発破よこせ」
「はい」
地面へ降り立ったガンジーは、慣れた手つきで仏像破壊行為を開始していた。今は活動している遠距離狙撃型……タイプ・ジゾウは、『気絶』しているだけだ。何時動き出すとも知れない。
だから、その前に息の根を止めねばならない。そのためには、得度兵器の弱点部位。徳エネルギー兵器を搭載した、額の白毫。そして、脚部の駆動系。最後に、ジェネレータの真下……丹田の位置にある、徳エネルギーバイパス。
それらを破壊せねばならぬのだ。
だが、悠長に作業を行っている暇はない。いつ増援が湧き出てくるか分からないのだ。
ガンジーは急いで爆発物を仕掛けるべく、得度兵器の下側へ潜り込もうとする。
「……この地面、土じゃねぇな」
途中、彼の靴が地面の薄い雪を削ると、下から出てきたのは金属質の板と、その上で明滅する何かの模様だった。
よくよく考えれば、巨大兵器が歩き回っても陥没しない地面だ。補強が施されていても不自然ではないのだが……その光る模様は得度兵器の内側。或いは、ノイラの身体の中にあったような『何か』を思い起こさせた。
しかも、地面の下に、それが、恐らく延々と続いている。
「薄気味悪ぃ」
「早く!」
まるで、得度兵器の
「なら、ぶっ壊しても気兼ねしねぇで済むか!ガラシャ!離れてろ!」
ガンジーがコードを
だが……得度兵器には、目立った損傷が生じた様子は無い。
「ダメかよ!」
拠点を守る得度兵器には、対人類戦を見越した『改修型』が多く配備されている。
そして、この機体も『改修型』の一つだった。ただ、それだけのことだ。だが、ただそれだけのことで。彼等の意図を挫き、牙を折るには十分だった。
ひどく単純な工夫であっても、大きな差を生んでしまうのが戦場というものの習いである。
「……このまま、予定通り内側へ逃げ込むしか無ぇか……」
あの巨大ドームの中へ逃げ込めば、得度兵器も迂闊には追って来れまい。
抱え込んだ発破の量にも限度がある。破壊と侵入、どちらを選ぶか考えねばならない。
後続のクーカイ達を待つべきか。そう、考え始めた時。
「ガンジー!逃げて!」
遠くを見つめていたガラシャが、叫んだ。
直後。大地をビームが掠め、タイプ・ジゾウの一部が溶けて雪の上へ散らばった。巨体が揺らぎ、微かに動く。
「狙撃……徳エネルギーじゃねぇ!?」
増援。否……これは、『撃ち漏らし』だ。ガンジーはそう瞬時に理解した。
ガンジー達が仕留め切れなかった、得度兵器の生き残り。タイプ・アシュク。
だが、攻撃はガンジー達を外れた。否、『外した』のだ。何のために?決まっている。得度兵器の目的は、人類の解脱だ。
その手段は、徳エネルギー兵器だ。だから、『その次に起こること』は決まっている。
彼方のタイプ・アシュクが、徳エネルギーの濃縮を開始する。
タイプ・アシュクは『射線を通す』ために通常兵器での攻撃を行った。その為には、行動不能になった機体を切り捨てる判断をも下した。それだけのことだ。
得度兵器は、本質的にはただの機械だ。『人類のため』とあらば、喜んで身を投げ出す。それが徳の高い行いであるのか、ただの設計通りの働きであるのか。今の人類に区別する術はない。
ただ微かな光明が、塗り潰されていく。ガンジー達に、解脱の光が迫る。訪れるべき瞬間は、すぐ間近まで迫っていた。
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