第211話「灯火』

 『0:00:00』

 カウントダウンの数字が零へと至る。巨大兵器の全身から漏れ出ていた徳エネルギーが。内側へと吸い込まれ、収斂していく。

 そして、剥げ落ちた螺髪の頂上から。一本の、か細い光の柱が斜め上へと立ち上がった。


「……動いたか」

 傾きながらも天に昇る、徳の柱。それを眺めながら、ノイラは呟いた。

 それは、僅か数立方センチ、極小領域の徳カリプス。人の手より離れた、徳エネルギー技術が行き着いた果て。

 世界を浄土へ『書き換える』、空間侵食兵器。それが、徳エネルギーフィールドと称されたものの一側面だ。

 しかし、辛うじてとはいえ人の身である彼女ですらも、それを知らない。あれが『何のためのものなのか』すら、彼女にはついぞ解らなかった。

 だが、彼女自身が知らずとも。答えは、彼女の内にあった。それは、文字通りの意味でだ。気付くまでは、幾らか時間を要した。

『君の身体に仕込まれた厄介な物のことは、よく知っている』

 決め手になったのは。『あの時』の。半仏の男の言葉だった。

 PPニュートライザー。彼女の肉体に組み込まれた、逆強制成仏兵器。

『それは、徳エネルギーフィールド発生装置の原型だからな』

 確かに、あの男は。田中ブッダは、そう口にしていた。だから、気づけた。

 『何のための装置』かは解らずとも、見知ったものとということに。



「外はどうなってんだ……!」

 ガンジー達の操縦席は、徳ジェネレータの内側にある。ジェネレータは分厚い隔壁、そしてマンダラ・サーキットによって外界と区切られている。

 その護りは強固である。しかし、『爆心地』は彼等の真上……否、今は横倒しのせいでほぼ真横なのだが、ともかく間近に違いない。故に、全くの無傷とは行かぬのだ。

 計器類は全滅した。外の状況は全く分からない。

「……きぼぢわるい……」

「吐くなよ!絶対吐くなよ!あと漏らすなよ!」

 ガンジーが無言の抗議を行うガラシャの拳をかわす間にも、装置ガジェットは現象を生み続ける。と、いうよりも。彼女の体調の悪化もまた、その証左の一つであろう。

 暴走状態のフィールド発生装置は、徳エネルギーを吸い上げながら極小領域を浄土と化し、周辺空間を巻き込み自壊をはじめる。その反作用として、周囲の徳エネルギー水準に急激な変動が引き起こされる。


 ……それこそが、彼等の目当てのものだった。周囲のタイプ・ジゾウが、環境徳レベルの急激な変動で異常をきたす。

 人間で言えば、急激な気圧変化に晒されるようなものだ。ごく間近に存在する得度兵器であれば、最低でも一時的なシステムダウンを引き起こす。……それは、ガンジー達の乗る機体も含めてである。

 そして、その影響を受けるのは。機械だけではない。微かでも、徳エネルギーを感じることが叶う者なら。肉体に影響が出ぬ筈がないのだ。

「一体、どうなってやがる……」

 ガンジーは全く平気な様子であったが。ガラシャの方は、ほとんど顔面蒼白だ。極小の徳異点は、瞬く間に通常空間の侵食を受け、『塗り潰される』。瞬間的な異変は、次第に収まっていく。

 ガンジーはそれを少しだけ待ち、ジェネレータの底に仕込まれたワイヤーを引いた。

「脱出するぞ!」

「もうちょっと待って……」

 徳ジェネレータの壁と、『ネームレス』の外装の一部が吹き飛ぶ。

 もはや、この機体は今度こそ完全なガラクタだ。異変が収まる前に逃げ出さねばならない。先のフィールド・ボムは彼等が脱出するための仕掛けでもある。

「待てねぇな!」

「え、ちょっと!!」

 ガンジーはガラシャを背負い上げ、地上へ投げ下ろしたロープに手を掛ける。

 そこで、彼は少し振り向いて、狭苦しい操縦席を少しだけ見つめた。その内に残っているのは。補助動力として用いられたソクシンブツの欠片の包みと、何も言わず、機体制御を補佐し続けた機械知性。

 ガンジーはそれらに何も告げず、腰のベルトとロープを結びつけた。

 『ネームレス』の近くには、二体の得度兵器が転がっている。今のところ、動く様子はない。

「……ざまぁ見ろ」

 ガンジーは、タイプ・ジゾウの残骸に徳低く吐き捨て、地を蹴り、ロープにぶら下がった。

「……あんまり揺らさないで」

 そして。そういえば、コイツと出会った時も、こんな無茶をしたような気がする、とガラシャの顔を見ながら思い返していた。

 ……しかし、彼等は脱出に気を取られ、一瞬、忘れていた。

 ここは既に、得度兵器拠点の『内側』だということを。そして、残されたもう一機の得度兵器の存在を。




「……何が、あった」

 少年を待つ間、巨仏の戦闘を眺めていた肆捌空海は酷い耳鳴りに襲われ、思わず倒れ伏していた。どうやらその間に戦いの決着はついたらしい。

 彼はその場で、立ち竦んでいた。その戦いの激しさが彼をそうさせたのではない。得度兵器と、向かい合った時。

 彼の手は、震えていた。

 少年の前では、隠してこそ来たが。それは、壱参空海を喪ったあの日から、彼の心に巣食っていたものだった。いざ得度兵器を目の前にした時。過去の記憶が吹き出してくるのだ。

 それでも、彼は辛うじて己を律し、残骸と化した得度兵器の方へと駆け寄る。

 あの機体のパイロット(動力源の可能性もあるが)ならば、『今何が起きているか』を知るだろう。ただ、そう考えて。

 不安を抱えているのは、彼もまた同じだった。


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ブッシャリオンTips フィールド・ボム

 人類側で編み出された、徳エネルギーフィールドの使用法の一つ。周囲に徳エネルギーの急激な変動を齎す兵器の一種。得度兵器にとっては、この使用法は殆どメリットが無いものである(自爆同然の攻撃となる)ため、検討されてこなかった。

 原理的に未解明の部分も多々あるが、極小規模とは言えフィールドによって徳異点を発生させることから、形而上領域にも影響を齎している可能性がある。

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