第210話「暴走」

 陳腐な喩えではあるが。それは神話の戦いだった。文明の絶頂を知らぬ人類にとって、それ以外に擬える言葉は無かった。

 ギリシアのティターン。北欧のアウルゲルミルアウルゲルミル。或いは、大太郎法師だいだらぼっち。古の神話などという教養を知らずとも。近い存在を思い浮かべることは出来よう。

 その擬えに従うが如く。轟音と、膨大な熱と功徳とを垂れ流しながら。歪な、片腕の巨人が。物干し竿めいた武器を引き摺りながら戦っている。

 のだ。

「……これは」

 偵察に出た、光定と空海は。村の『外』へ出たその一瞬から、異常を感じ取っていた。

 膨大な徳エネルギーが撒き散らされている。得度兵器が、何かと戦っている。

そして、外で目にしたのが、この光景だ。

「得度兵器の仲間割れか……?」

 空海は訝りながら呟く。そんな事態が、有り得たものかと。

「いんや……」

 少年は否定する。

 彼には、それが見える。この徳の嵐の中でも。何かを求め、抗う者の姿だけは。

「有人機だと!」

 そんなことは、夢にすら見なかった。僧侶は鳥篭から抜け出す日を夢見、牙を研いだ。外の得度兵器が混乱状態にあることも、推測は叶だった。

 だが、誰かが外から鳥篭を『こじ開けてくれる』ことなど、夢想だにしなかった。もしも何かの気紛れに考えたとしても、単なる慰めに過ぎなかっただろう。

 そのような慰めが今、現実に取って代わるのだ。

「他の得度兵器の状況と、戦力配置はわかるか!」

 空海は即座に呆けた思考を立て直し、少年へ指示ずる。

 もしも誰か……人類の生き残りが、この拠点を落としに来ているなら、その戦力が『一機だけ』ということは有り得まい。

「よくわかんね……でも、南の方に、『誰か居る』ような」

 北ではなく、南。

「……教団ではない……だが、ならば誰が」

 得度兵器に対抗可能な戦力など、彼の居た地下都市以外にあるまいと思ったのだが。

 否、それは後だ。今彼が為すべきことは、『この状況を利用する』ことだ。

「攻めの機は、今だ!祖父殿に言って、村の人間を地下へ逃せ!それから、『自警団』を呼集!」

「わ……わかっだ!」

少年は戸惑いながらも取って返す。あの機体が、味方という保障は無い。蛮族や野盗の類かもしれぬ。

それでも、かまわぬ。

「とうとう、来たのだ」

 空海は、そう呟いた。戦いが、彼の最も馴れ親しんだものが。




「ジャスト30秒!」

「よっしゃあああ!」

 再び、ガンジーは機体を前進させた。否、『跳躍』させた。

 踏み込みの衝撃に耐え切れず、『ネームレス』の足が崩れ落ちる。しかし、ガンジーは構わない。

「おえっぷ」

「間違っても吐くんじゃねぇぞ!」

 目指すは、手の届く範囲に近付いた残りの二体。……だが、まだ、距離が遠い。

「届かない!」

「こうするんだよ!」

 ガンジーは、手に持っていた錫杖の先端を、『ドームの方へ向けた』。

「やれ!」

「えっ?」

「撃て!」

「知らないよ!」

 ガラシャが、なれぬ手つきで徳エネルギーのラインをいじくる。

 『ネームレス』の炉心から、錫杖へ出鱈目に徳エネルギーが流し込まれる。殆ど暴発・破裂するように、先端から未収束のエネルギーが茨のように裂け、大気へと撒き散らされる。

 ……その、反動が。機体を推し進める。残された腕すら吹き飛び、螺髪が脱落して地面にめり込み、巨体が側転の如くもんどりを打つ。

 収束が不完全なビーム束は、ドームの外壁を僅かに崩れさせ、焼き焦がして消えた。

 しかし、ガンジー達はそれを見届けるどころではなかった。コクピットのバランサーはとうの昔に機能を超過し、彼等は渦の中の金魚の如き目に遭った。

 そこで何があったかは、彼等の名誉のために記さずにおこう。だが兎に角、彼等の乗る機体は、顔面を地面へめり込ませ、徳の高そうな地上絵を刻みながらタイプ・ジゾウを巻き込むように倒れ込んだ。

 同時に、稼働時間の残りが0になった。操縦席のあちこちに、機体の不具合エラーを告げる表示が現れては消えていく。

「……止まった?」

「ああ、止まった」

 だが、タイプ・ジゾウはまだ生きている。そして、あの『曲げ撃ち』を使う機体も。

 それでも、彼等の戦いは、ここでひとまず終わりだ。

「じゃあ、手筈通りに脱出な」

「うん」

 そう口にしながら、ガンジーは操縦席の隅のカバー付ボタンへ指を添える。

 警戒色で塗装され、透明カバーで覆われたボタンには。油性ペンで『Field-Bomb』の文字が記されている。

 そう。彼等の戦いは、『奥の手これ』で、終わりだ。


 この機体を組み上げるよりも、前のことだ。

 ……彼等は、ガンジーとクーカイは。あの谷の底の、『得度兵器の墓場』でそれを発見した。

 試作型の、徳エネルギーフィールド装置。人類を無差別解脱させる、最終装置。

 否、最早その呼び名は相応しくないだろう。まだに、その装置の働きを正しく解する者は殆ど居ない。

 だが、その働きを幾度も目にした者が。北関東。徳島。琵琶湖。或いは、他の場所。その総てを者が居れば、いずれは本当の意味を知るだろう。

 それは、かの世界との境界を揺るがし、現世へと上書きするもの。人々を浄土へと導くものではなく、彼方を此方へと引き摺り下ろすもの。言うなれば、人工浄土発生装置であることを。



 そして当然、手に入れたとはいえ、基礎理論すら人類の手には余る代物だった。3機あったものの1機は既に喪われ、もう1機は稼動試験で破損した。

 それでも、一機が残された『得体の知れない装置』は、この無名の仏へと納められた。徳エネルギーに未知の干渉を齎す、『爆弾』として。


 残存稼働時間を示す数字がかき消され、新たなカウントダウンが表示される。同時に、警告音が鳴り響く。新たな数字は、『起爆時間』までのカウントダウンだった。


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ブッシャリオンTips 人工浄土発生装置(Lv.1)

 徳エネルギーフィールド発生装置とも。一定空間内の功徳を徳エネルギーとして強制開放する結界。厳密には、通常空間上の徳エネルギーをコントロールし、情報記憶粒子たるブッシャリオンの性質を利用することで通常空間の上に「別の世界」を『重ね書き』している状態になる。

 発動時の結界内部は臨界状態の徳ジェネレータの底に近いとも言われるが、この表現がどの程度正確であるかは御仏のみぞ知るところであろう。

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