第207話「人の救済」

 もしも、『それ』が無人兵器であったならば。機械達は、手段を選ばなかっただろう。北関東拠点の得度兵器群は、奥羽への侵攻を前提とした不徳武装を蓄えている。タイプ・ジゾウの武装もまた例外ではなく。徳エネルギーによる解脱攻撃以外に通常戦闘も想定している。

 それは、得度兵器達が……他の機械知性や人でない異能者達と戦うために、嘗ての人類の力を掘り起こした証だ。不徳の砲門が、ガンジー達へ向けられている。……だが、彼等は撃てない。その中に、救うべき者が居ることを、知っているから。

「……ずっと、待ってた」

 そうなのかもしれない。ガンジーは、自分の口から出た言葉を聞いてから、そう思った。

「この瞬間をなぁ!」

 最初に戦いを決意した時から。

「ガンジー!狙われてる!」

「撃てやしねぇよ!」

 彼等の巨仏が前進する。元々内蔵されているバランサーによって、ジェネレータ内の振動は抑えられてはいるが……それでも、激しい揺れが彼等が襲う。

「舌噛むなよ……へびっ!」

 舌を噛んで悶絶するガンジー。しかし、それを除けば、彼等の戦いは、順調に作用している。先行する車列は勢いを取り戻した。得度兵器の注意はガンジー達へ向いている。

 そして、最も大きな懸念。即ち、この機体に搭載されている、『元得度兵器』の制御モジュールですらもだ。

「今の内に、距離を詰めて!」

「わかってらぁ!」

 得度兵器が考えることなど、彼等に知る由もない。だからこの先、何を考え始めるかも知れたものではない。

 だから、今という好機を決して逃してはならない。

「しっかり捕まってろよ!」

 ガンジーは、歩行を加速させる。

 やがて巨大仏は、前進を続ける車列と並び。盾となるかのように、前へ進み出た。方方から歓声が上がる。つい先程まで瓦解寸前だった戦列は、得度兵器の攻撃が止んだことで辛うじてではあるが持ち直し始めた。

 一人は徳が低いとは言え、人間二人分の功徳。そして、触媒として搭載された備蓄ソクシンブツの断片。それらを以って、無名の仏(ネームレス)は稼働する。

 そして今、仲間を救わんとする、その気高き願いと行いを以って。彼等の徳が高まっていく。ネームレスの各所から、徳エネルギーが漏れ出し始める。

「出過ぎたら駄目!孤立する!」

「前に出なきゃ戦えねぇだろ!飛び道具、無ぇんだぞ!」

 しかしながら、この機体に遠距離武装は搭載されていない。エネルギー兵器の再現は流石に今の技術レベルを越えていた。

 そして、ガンジーの操縦席の上では、稼働時間カウントダウンの数字が残り10分を切らんとしている。時間はもう、然程無い。

 目前の視界中央に。タイプ・ジゾウの一体が迫り来る。

「跳ぶぞ!」

「えっ!ええーっ!?」

 無名仏の下半身が、一瞬大きく沈み込む。徳ジェネレータのダンパが衝撃吸収限界を迎え、コクピット全体が大きく揺れる。

 次の一瞬。身体がシートに押し付けられ。そして、一瞬の後。身体が浮き上がるかのような自由落下の感覚が二人を襲った。

 遥か眼下に、整列する得度兵器が見える。その向こうに、巨大なドーム。更に、その果てに連なる山々には。

 微かに一瞬の光景。

「きれい……」

 しかし、ガンジーにそれを目に焼き付ける余裕は無かった。

「衝撃が来るぞ!」

 彼は必死で操縦桿を握り、空中で機体の落下軌道をコントロールしている。衝撃吸収(ショックアブソーバー)を全開。シミュレーションの記憶を頼りにだ。

 跳躍から墜ちたに待つのは、タイプ・ジゾウの一機。

「まさか蹴るの!?馬鹿なの!?ガンジー馬鹿なの!?」

「黙って見てろ!」

 片腕を伸ばした体勢で、巨大兵器が落下する。

 その腕が、曲がり折り畳まれる。

 直後、衝撃。轟音。想像を絶する振動とともに。歪な機械の肘が、タイプ・ジゾウの頭部を直撃した。

「……まず、一体」

 どうにか体勢を立て直し、ガンジーは呟く。

 操縦席のコンソールが、激突した腕部が使用不能になったことを告げる。『代えの効かない』脚部を攻撃に使うほど、ガンジーは馬鹿ではない。そこが弱点であることは、得度兵器を狩ってきた彼は誰よりも良く知っている。

 だから彼は、着地の負荷を和らげるために腕を潰した。連動する脚部にも異常は出ているが、まだ動ける範囲だ。

「……すごい……けど、囲まれてる!」

 タイプ・ジゾウは、笠が吹き飛び、見たことのない拉げ方をしている。

 一度の跳躍移動でガンジー達は完全に孤立した。そして周囲の得度兵器の照準が、完全にガンジー達へ集中しつつある。

 ……この場所は既に、得度兵器の陣地。見えざる勢力圏の『内側』なのだ。

「あと9……いや、8分!」

 動く間に得度兵器を潰せるだけ潰し……最低でも、コクピットからの脱出の隙を稼がねばならない。

 しかし残された武器は腕一本。そもそも『ネームレス』の腕は、遠距離戦仕様のタイプ・ジゾウから転用されたものだ。だから、殴り合いには向いていない。体重を乗せて振り抜くことで、どうにか一体潰せる程度。しかも、

「……攻撃されてる!」

「何だと!」

 ガラシャの言葉に、ガンジーは叫んだ。そして、操縦席の機体ステータスを確認した。

 機体の一部が異常加熱している。

 何処からか、攻撃を受けている。だが、その主の姿が無い。タイプ・ジゾウの群れは、未だ攻撃を仕掛けては来ていない。

 『ネームレス』の装甲が切断され、断片が地へと落ちる。

「……複数方向から!」

「嬲り殺しかよ!?」

 別の箇所が過熱。姿の見えぬ敵は。丁寧に腑分けするように、装甲を剥ぎ落としていく。

「何だ……何がある……」

 辛うじて地形を盾にしながら、ガンジーは考える。敵の正体を。



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ブッシャリオンTips ガンジー・エルボー(仮)

 ガンジーが繰り出した技。本来、得度兵器の機体構造は肉弾戦のような消耗やリスクの大きい行動はほとんど想定されていない。にも関わらずこのような技を繰り出せたのは、運動制御の一部にプロレス好きのノイラの戦闘ログを流用したことによるものと考えられる。

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