第206話「陽動」
山間の荒野を車列が駆ける。どれも、骨董同然の装輪車両だ。車体の上からは人間がはみ出すように身を乗り出し、手には各々が筒のようなものを構えている。
その遥か向こうには、巨大な傘をかぶった人影が幾つも佇んでいる。散開した車列が、一定距離まで近付いた時。巨影に動きがあった。
巨大な人影、否、得度兵器が、一斉に棒のような何かを構える。
『散開だ!散開しろ!』
『こっち狙ってるぞ!二輪を前に出せ!』
通信が飛び交い、車列が一度速度を落とし、代わりに数台の
「頼んだぞ!」「帰ってこいよ!」
そんな声が、車から身を乗り出す男達から飛んだ。
直後。二輪部隊の一台が、光に包まれた。バイクの車体はバラバラに弾け飛び、徳柱が天へと昇った。
徳エネルギー兵器による遠距離狙撃。彼等は、それから本隊を守るための囮だ。それでも、命知らずの
得度兵器……拠点防衛用に改良されたタイプ・ジゾウの一撃が、徳の炎を灯す度に。一人、また一人と。人がこの世界から去っていく。
タイプ・ジゾウの足元には、よくよく見ると地中から伸びるケーブルが接続されている。徳エネルギーと冷却システムの
拠点からの徳エネルギーラインと砲身冷却システムを直結されたタイプ・ジゾウに、弾数の限界は無い。だから、彼等はただ機械の如く、近付く者から順番に浄土へ送っていく。
タイプ・ジゾウの横を、車列の側から煙を引くロケット弾が掠める。人は機械とは違う。その光景にたえられず暴発し、構えた武器を撃ち放ってしまう者も居るのだ。
『撃つな!まだ撃つんじゃねぇ!この距離では当たらんだろが!』
前線指揮を担う採掘屋が通信で絶叫する。
射撃を終えたタイプ・ジゾウのバレルから、冷却剤の煙が吹き出す。弾に限りは無くとも、砲の数は限られている。その隙こそが、唯一の勝ち目だ。
車列が速度を上げ距離を詰めていく。そして、生き残った僅かなバイクのライダー達は、筒状の武器を構え、空へ向けて撃ち放った。放たれた弾は上空ですぐに四散し、小さな札のような「何か」を空中にばらまき始めた。
札には、よく見ればその一枚一枚に護符の如き模様が刻まれている。
その正体は、集積回路とアンテナだ。
『護符の展開を確認!』
『まだ早いぞ!』
その札は。周辺地域に対して効力を発揮する、機械だけに見える『標識』だ。この場所に危害を加えてはならぬ、と。機械知性に対して命令を加える、法的規制の産物。古の時代の盟約である。
それに合わせるかのように。タイプ・ジゾウの動きが一瞬止まった。
『効いたか!』
この札を作っていた高僧は、既に去った。材料にも限りがあった。決して潤沢には使えない。
それに……恐らくは。
「長くは持つまい」
『護符』展開の報告を受け、後方の指揮車両の中でノイラは呟いた。
古代の機械にとって、人の作った規制は絶対のものだった。
しかし、機械知性にとっては違う。彼等は、考える。そして、人の作ったルールといえど、極論すれば非常手段としてそれを破ることを選べる。更に優越するルール(目的)さえあればだ。
今まで、それらが守ってきたのは、単に「破る必要がなかった」からに過ぎない。そして、今。人類は危機に瀕している。「非常手段」を採りうる状態にある。
更に。この拠点の得度兵器の基本律は、すでに「上書き」が進行し、箍が緩んだ状態にあった。
『笠地蔵型、再び照準!』
「やはりな」
遂に。己を危険に晒す人類を前に、得度兵器達の中で『人を救う』というルールが法律を明確に凌駕した。
……逆に言えば。機械といえど「融通が効く」証だ。その事実は間違いなく今後の糧となるだろう。だが、今は戦う時だ。
車列の中で『護符』が薄い部分へ、再充填された徳エネルギー兵器が向けられる。
『やむをえん!攻撃開始!』
まだ、距離が足りない。しかし、今撃たねば壊滅を免れない。ロケット弾が火を吹き、ガトリングの光条が得度兵器を目掛けて突き刺さる。
急拵えの統制は次第に崩れはじめ、多くの者が半ば恐怖のうちに引き金を引いた。その恐怖を捉えた得度兵器は、更に救済を推し進めんとした。
そこまでが、今の人類の限界だった。
ロケット弾は逸れ、見当違いの場所で爆発した。ガトリング砲も得度兵器に致命打を与えるにはほど遠い。
車列の進みは鈍る。鏃の先端が削れていく。ここで侵攻計画は破綻する。
彼等が、居なければ。そこで終わりだった。
「今度こそ、全行程、準備完了!」
「本当に大丈夫?」
『よし。行けるな?ガンジー』
「行けるけどよぉ……ここ無茶苦茶暑いんだよ!」
モニタから進捗バーは消え、代わりに『Buddha ex Machina』の文字が表示されている。件の得度兵器流用システムだ。今のところはリセットのおかげで『従順』だが、今後どうなるかはわからない。
クローラーの車体が軋み、継ぎ接ぎされた何枚もの熱遮蔽シートがバラバラに風に舞う。歪な巨体から漏れ出した光の粒が、朝の張り詰めた空気の中に溢れ出す。
ゆっくりと、『それ』は起動した。辛うじて人型と呼べる巨人が、上体を起こす。
「あ、いけね」
その手にぶつかった木が、なぎ倒される。
「ガンジー!」
「どうせもう気付かれてるからいいだろ!」
得度兵器達は、その余りにも異常な存在に『困惑』した。人類が、得度兵器そのものを乗っ取るケースは、既に琵琶湖での事例が教訓として反映されている。
だが……『既存のいかなる得度兵器とも異なる何か』を用いることなど、想定には無かった。有り体に言えば、人類が用いるであろう「武装」の想定を越えていた。
タイプ・ブッダを素体にしていることまでは判っても、その戦力評価は未知数だ。今まで彼等が相手にしていた戦力が、取るに足らないものとなるほどに。
『優先順位』は瞬時に覆った。車列の部隊は、未だ得度兵器に有効打を与えられていない。危険なのは明らかに、『未知の巨大人型兵器』だ。
タイプ・ジゾウの半分ほどの照準が、ガンジー達へ割かれる。陽動部隊への攻撃の手が、微かに緩む。
「……滅茶苦茶こっち見られてるな」
ガンジーは忙しなく操縦桿と物理スイッチを弄くりながら、巨大仏を歩かせる。操縦席の上に置かれた15分の稼働時間をカウントダウンするタイマーの数字がじわじわと減っていく。
クーカイは期待しない旨を言ってこそいたが、この機体が動く間にガンジー達は施設外郭防衛線の得度兵器を壊滅させねばならない。
「さあ、人間様のお通りだ」
ガンジーは呟く。今にも壊滅しそうな陽動部隊のこともある。時間はまだ残されている。だが、それまでに。果たしてどれだけ救えるか。
機械仕掛けの救済者は、今、双つになった。そしてその片側には、人の手が寄り掛かっている。
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ブッシャリオンTips アフター徳カリプスの世界(通信インフラ)
アフター徳カリプス時代の通信インフラは、絶望的の一言に尽きる。徳カリプスの余波によって、汎地球ネットワーク「虚天実網」を初めとする通信網の大半が断絶し、人類のみならずネットワークをその存在基盤とする機械知性もまた甚大な被害を被った。生き残ったネットワークも管理者の不在によって徐々に死に絶えはじめている。
そして、徳カリプス時の余剰エネルギーによって上層大気へ巻き上げられたブッシャリオンは、今尚高空を循環し衛星量子通信網を阻害し続けている。通信技術は21世紀以下の水準まで退行し、得度兵器の行動もこの被害によって制限されている。
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