第205話「ゼロ・カウント」
徳なき世界にも、変わらず夜明けは訪れる。東の山の向こうの空が、次第に朝焼けに染まる。
『最終確認だ。徳ジェネレータを臨界出力で動かせば、そのデカブツの隠蔽は完全に無理になる。通信も途切れる。わかってるな?』
「わかってる」
ガンジーは操縦席に座り、瞑想する。彼の徳はどうせ低いが、足し程度にはなるだろう。
『まず、先行して車列が突入。チャフを巻きながら、狙撃型の照準を散らす。お前の出番は、その後だ』
クーカイの声は、淡々と手順確認を進めていく。恐らく、努めてそうしているのだろう。
「わかってるさ……あのデカブツ共をぶっ潰して、道を開けんだな?」
『多くは期待しない』
「期待しろっての……なぁ、ガラシャ?」
「えっ、私!?」
「言ってやれ」
急に会話を振られ、前席の少女が驚く。
『……有り体に言って、そいつは、得度兵器の形をした張りぼて同然だ。最悪、囮になればいい。もしもの時は、遠慮無く機体を放棄しろ』
クーカイは、少し呆れたように話を続けた。
今まで、幾度も死線を潜り抜けて来た彼等であっても。今度ばかりは、誰かが死ぬかもしれない。いや、確実に、誰かが死ぬのだ。
恐らくは、誰もが分かっている。ガンジーとて、このデカブツが自分の棺桶になるかもしれないと、心のどこかでそう思っている。
それでも、敢えて口にしはしない。
「わかってる。あと何分だ?」
『……30分足らずだ。俺も、準備をする。時計を合わせろ』
「時計、時計か……どこだ」
ガンジーは、コクピットの中をごそごそと弄り始める。元々人一人が瞑想するだけの空間しかない徳ジェネレータの中は、かなり手狭だ。
そこへ、小柄とはいえ人間2人と様々な機械類がしこたま詰め込まれ、身動きもままらなない。
ガンジーは身を捩りながら、どうにか時計を探し出した。
『3、2、1……』
「ゼロ、と」
『今更だが、その機体の稼働時間は、連続15分だ。それ以上は、どこが壊れてもおかしくない』
「大丈夫なんだろな本当に」
『……というよりも、本当に、スクラップからの寄せ集めで、動くものが出来上がったのが今だに信じられん』
「今更不安になること言うなよな!」
得度兵器を継ぎ合わせて作られた、ちぐはぐの機体。それでも、これは今は彼等の、人類の戦いの象徴だ。
拠って立つものがあるから、人は戦える。その有り様は、何百年、何千年経とうと変わらなかった。
幾つもの手順を踏み、幾重にも策を巡らせようとも。最後に行き着くのは、そこなのだ。
『それでも、戦うんだろう?』
「ったり前よ!」
銃を取るか。浄土へ送られるか。ガンジーは、戦える。それが、全てだ。
そして、戦場に赴くのは、ガンジー達ばかりではない。
日の出と共に。仮設基地の周りの車列がざわめきはじめる。エンジンやモーターが始動し、喧騒が大気を震わす。
所々ではのぼりが立ち上がり、人々が慌ただしく動き回る。
車の幾つかには、マニ加工が施された銃身が備え付けられている。マニガトリングガン。既に滅びた移動寺院都市『ガンダーラ』から回収された、旧時代の兵器だ。残された弾数は少なく、今はただ静かにカラカラと空転し、微かに徳を積む。これから始まる戦いで積み重ねられる業を、僅かなりとも贖うかの如く。
「マンダラ・サーキット、マニタービン……よし。動力伝達……減衰率……なんて読むんだっけこれ……まぁ、エラー出てないから、よし」
最初は、肌寒いほどだったコクピットの中には、徐々に熱が篭ってくる。戦いの熱だけではない。物理的に、熱が溜まるのだ。
「あつい……」
「俺もだよ!」
「いっそ全部脱いじまうか……」
「それ以上脱いだら、あとでただじゃおかないから」
言い合いながら、二人は最後の確認を終える。
「これで、ぜんぶ、よしだ」
時計は、残り3分を示している。そろそろ、前衛の車列が出撃する頃合いだ。
「……うん」
「本当にいいんだな?」
「う、うん」
後は、起動スイッチひとつで徳ジェネレータは臨界を迎え、この巨大兵器は動き出す。
「全行程、準備完了だ!」
ガンジーは、通信機へ叫び、セーフティスイッチを引き上げる。
徳ジェネレータの壁面へ押し込まれたモニタ類に、外の景色が映し出される。
……と言っても、隠蔽用シートの隙間程度しか、目には入らないのだが。
『行けるな、ガンジー!?』
「おうよ!」
掛け声と共に、彼は操縦桿を握る。機体が、小さく震えた気がした。
そして、画面上の景色の端にプログレスバーが表示され、徐々に塗り潰されていく。
急造のシステムの起動には、今暫くの時間が必要だった。
「……これ、もしかして間に合わねぇんじゃねぇか?」
「ガンジーって、馬鹿?」
「いや、ちゃんと間に合うからな!間に合うよな!?」
『落ち着け。その程度の遅延は想定済みだ。それよりも、周りを警戒しろ』
クーカイの言葉に、ガンジーは密かに胸を撫で下ろしながらも、観測センサに注視した。この機体が動き出すということは、得度兵器がそれに反応することを意味する。
だが、センサ画面の上、ガンジー達から離れた、戦場の中で。高エネルギー反応が瞬間的にまたたいて消えた。
「……畜生」
恐らく、得度兵器が、徳エネルギー兵器を使ったのだ。既に、戦いは始まっている。誰かが、命をすり減らしている。ガンジーは、今は見守ることしかできない。それが、ただ歯がゆかった。
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