第204話「始動」

 得度兵器拠点の入り口には、門や塀があるわけではない。拠点となる以前には存在した検問すら、既に取り払われて久しい。その有り様は、この施設がことを如実に物語っている。

 今はただ、その代わりとして、機械達のみに識別可能な不可視の境界線……一種の『縄張り』があるだけだ。

「……見えてんのかな」

「見えてるんじゃないかな」

 ガンジー達は拠点の手前で、最終調整のために操縦席に座っている。その下側には、ガラシャの席。何故二人が一緒に乗り組むことになったかを語れば、複雑な経緯があるのだが……少なくともガンジーについては、半ば自業自得と言えた。

 兎に角、彼等は、ぎっしりと様々な物が詰め込まれた、急拵えの操縦席で。拠点の目と鼻の先で。攻撃の準備を進めている。それが、得度兵器に

「ホントに大丈夫なんだろな?」

 しかし、得度兵器は手出しして来ない。いや、『できない』のだ。

 得度兵器の目的は、全ての人類を解脱させ、浄土へと送ることだ。人を傷付けることではない。従って……人命を損なう可能性のあるオペレーションは、少なくとも積極的には行動に移せない。

 要するに、確実に解脱させることの出来る状況になるまで。機械達は動かない。彼等はそう考えていた。恐らくその読みは、今のところ当たっている。

『奴らは、人間相手に本気は出せない。徳エネルギー兵器の射線に警戒しろ。『奥の手』の準備も忘れるな』

 ガンジー達の座る、複座の操縦席……改造された徳ジェネレータの内側に声が響く。つまるところ、得度兵器の攻撃は、徳エネルギー兵器だ。だから、当面は直線の射線にさえ注意すればいい。「人類相手」である限り、機械知性は本気を出せないのだから。

 今となっては歪な原則が、この奇妙な睨み合いの状況を産んでいると言えた。

 そう……「人類相手」である限りは。


 この人型機械は、であるからこそ慎重に隠蔽が行われている。改造された得度兵器に対し、得度兵器が何をしでかすのか、厳密な予想は困難だ。だから、人類が何かの準備をしていることは感づかせても。この兵器の存在は、得度兵器側に気取られる訳には行かない。

「だいじょうぶだよ」

 ガンジーは、前の席のガラシャの手を見つめていた。

 こんな土壇場でも、彼女の手は振るえていなかった。少なくとも見た限りでは、平静そのものだった。妙なところで、肝が座っている。

「……なら、いいんだ」

 否、そうでなくては困る。彼等はこれから、誰も為したことがないことをするのだから。

 

 クーカイは運搬車の傍らで、人の形を為しつつある巨大兵器を見守っていた。

「人間相手なら……か」

 彼は、小さく呟く。どうやら、彼はまだ、機械達にも『人間』として見られているらしい。あの得度兵器の思考中枢との対話で、それが分かった。

 だが、何処に『境界線』があるのかは定かではない。

 異能を使う人間。機械兵器を使う人間。機械の身体を使う人間。『どこ』から先で、機械知性が牙を剥くのか。それは、ある種のチキン・レースだ。

 しかし、彼等はその危険を犯してでも、勝たねばならぬのだ。徳を擲ち、人の外にある力を使おうと。必要とあらば、その境界線を踏み越えて。

 ……だから、クーカイは此処に居る。あのコクピットには居ない。

 曲がりなりにも、徳の力に通ずるものとして。彼の功徳と力には、別の使い道があるのだから。


 ノイラは、後方の指揮車両に居た。得度兵器を解体して得た資材によって、既に外見上、彼女の肉体は少なくとも人の形を取り戻している。しかし、中身は変わらずズタボロのままだ。辛うじて動き回れるようになったが、戦闘能力を取り戻すにはほど遠い。

 そして、彼女はある意味において、この戦場で最も異質なものだった。

 人と機械の、どちらの側でもあり、どちら側でもない存在として。それでも、彼女は人に与することを選んだ。

 彼女には、彼女の目的があり、理由がある。

 ……それは、個人的な負い目の類だ。だから、一人で戦ってきた。こんなことをするなどと、想像だにしてこなかった。

「……あの日から、もう何年経ったか」

 ふと、彼女は零した。

「15年、です」

「そんなに経つか」

 彼女の補佐につく、ガラシャの街の人間が答えた。

 彼等彼女等は、それが言うまでもなく、徳カリプスの日を指すのだろうと考えた。

 だが、彼女が思い浮かべていたのは、『違う日』の出来事だった。彼女は、あの日、あの時。義兄を除かねばならなかった。『化物と成り果てた』彼を、討たねばならなかった。

 しかし、果たせなかった。

 叶わぬ夢だと諦めていた。どれ程彼女が強くとも。相手は、人の世界を支えた柱の一つだ。ただ一つの個では、叶わぬと。義兄の下から逃げ続けていた。

 荒れ果てた世界で。残された時間を生きる間に、嘗ての師ならば答えをくれるのではないかと探し求めもした。それが叶わぬと知って、気紛れにガンジー達に手を貸した。

 その結果が、これだ。朽ちゆく自分にも、何かを変えることが出来るのだと。彼等は、教えてくれた。

「……私は、報いねばならない」

 気紛れにつもりが、いつの間にやら。その恩に。

「問題は、どうやって、というところだが」

 彼女の電脳内には、全戦力の配置図と、拠点の立体図面が展開されている。

 拠点周囲の得度兵器を排除した後は、恐らく内部での戦闘になる。その時矢面に立つのは、彼女ではない。

 結局のところ、犠牲は出る。自分はハーメルンの笛吹きなのではないかと彼女は時折自問する。

 答えは出ないが、進まねばならない。

「確認する……目指すは、拠点の枢要」

 得度兵器拠点立体図の中心には、他とは比較にならぬ程の巨大施設がある。其処は、この拠点が得度兵器の手に落ちる以前の中枢だ。


 恐らく、中枢は移動してはいまい。得度兵器は合理的だ。無意味な改築は行わない。逆に、中枢を移動する程の増設と改築を行っているならば。何かしら重大な理由がある筈だ。今のところ、それは認められない。

 彼女達が目指す中枢にあるのは、村一つ程の土地を覆う巨大なドーム施設。

「旧プラン・ダイダロス。C計画実験施設群」

 その中で、今、何が起こっているのか。何が行われているのかを。彼女達は知らない。


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ブッシャリオンTips タイプ・アシュク

 試作得度兵器の一体。鏡のような機能を持った子機を操り、徳エネルギー兵器等のエネルギー兵器による間接照準射撃を可能とする性能を持つ。また、機体本体の防御力にも優れる。

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