第203話「果断」

 少年が、目を覚ますと。

「……」

 目の前には、心配そうな少女の顔があった。

「……夢じゃねぇな」

「夢ではない」

 そして、視界の端に坊主頭が映り込む。

「うわあああ!」

「どうかしたか?やはり調子が」

「いや、昔のトラウマが……ここは、家か?」

 よくよく見れば、見慣れた布団の上。倒れた後に、自分の部屋まで運ばれたらしい。

「……どんくらい寝てた?」

「もう間もなく夜が明ける」

「そんなにか」

 不快感は、既に消え失せていた。布団の傍らには、居候の僧侶と少女の姿だけ。

「ご家族は、まだ就寝中だ。彼女が離れなかったので、付き添っている」

「……布団に入り込まれんで良かった」

「見張っていたからな」

「…………」

 何事か言いたげな顔で、少年はしばし空海を見つめていたが。特に何も言わなかった。

「それよりも、少しばかり、確かめたいことがある」

「何だぁ?……変なことしないだろうな」

「…………」

 少女は、二人のやりとりを興味津々という様子で眺めている。

「しない。ただ、『お前が何を見ているのか』が気になってな」

「……あぁ、徳エネルギー感覚がなんちゃら、とかいうアレか」

 少し考えて、少年は思い出した。彼の力は、おそらく不完全な感覚系の『奇跡』だと以前伝えられていた。何を指しているのか、何が起きているのかまでは、おぼろげにしか分かっては居ないが。

「……それにしては、どうも微妙におかしな点がある」

「おかしな点だ?」

「……お前は多分、徳エネルギーの『中身』を読んでいる」

 空海の説明によれば。即ち、少年は徳エネルギーの『有無』を感じているのではなく。その『パターン』を読んでいると……言わば、参壱空海の同類なのだと。

「そう、思っていた」

 肆捌空海は、そこで一度言葉を切った。自分の中で、考えを纏めるかのように。

「徳エネルギーを用いた異能には、謎が多い」

 例えば、初期型モデル・クーカイの中には、『出来てしまった』ものの、『何が起こっているのか』不明な、ブラックボックスの如き能力の持ち主も居る程なのだ。

 ……より正確には。『出来ているか否か』すら、判断することが出来ていなかったのではないか、とすら肆捌空海は考えていた。

 もしかすると、失敗作とされたモデル・クーカイの中にも。能力が『無い』のではなく、『観測できないだけ』の存在が居たのやもしれない。

「随分もったいぶんな」

 まして、『天然物』ならば。何が起こっていても不思議はない。

「私が何を考えているのか、当ててみて欲しい」

「……どういうこった?」

「その力が、徳エネルギーの中身を読むものなら、分かる筈だ」

 そう言われた少年は、渋々意識を集中する。

 よくよく思い返せば、この坊主は何を考えているかわからないことがあった。まして本人が『やれ』と言っているなら、丁度よい機会だから覗いてやろう、と思っていた。

 ……しかし。

「……わからね」

 わからない。己の力が不安定なのか、それとも、別の理由なのか。

「次に、彼女はどうだ」

「うーん……」

今度は、何となく、分かる気がする。ぼんやりとだが。

「分かるような、わからんような……でもこれ、顔見ればわかるんでねか」

 しかし、それが単に表情が読めるからなのか、他のものを見たからなのかが分からない。切り分けられない。

「やはりか」

「これに何の意味が?」

「まだ、その未熟さ故に断定は出来ないが……その力は、徳エネルギーの中身を『読んでいる』というよりは……『条件に合うものを探し当てている』のではないかと思う」

「条件……?」

「だから、『聞こえるものしか聞こえない』のではないだろうか」

 徳ジェネレータの中で、得度兵器の中から見つかった少女の声。徳エネルギー機関だらけのドームの外側で、得度兵器の配置を大まかに読み取れること。そして……昨日、感じ取った『何か』。

 少年は、『見ようとして見ている』のではなく。雑音だらけの世界から、彼は目当ての物だけを拾っているのだ。喩えるなら、ラジオのように、と言うべきか。

 だから、全てが見えるわけではない。そんなことをすれば、人の器ではパンクしてしまう。或いは、参壱空海のように『壊れて』しまう。少年は少なくとも、今はそうなっていない。恐らく、そうならない仕組みになっている。

 しかしそもそも、何を基準に選り分けているのか。そして、如何にして行われているのか。それが全く分からない。異能に多少なりとも精通している空海を以ってしても。

「いずれにしろ、厄介な力だ」

 迂闊に手を出せない。鍛え上げたとしても、望みの音だけを拾えるようになるのか。それとも、彼方を見つめ続ける羽目になるのか。それとも、入ってくる情報量に耐えきれず、壊れてしまうか。

 あまりにも危うい。

「でも、役に立つんだな?」

 少年は、そう口にした。

「立つか立たないかで言えば……立つには違いあるまいが」

 肆捌空海は渋々口を開いた。

「……ありがとな、教えてくれて」

 少年は、起き上がって身支度を整え始める。少女が心配そうに支えるが、彼は『もう動ける』と止めた。

「何処へ行く気だ?」

「……偵察、行くんだろ。約束だかんな」

少年の様子に、止めても無駄なのだろうな、と肆捌空海は考えて。

「……少し待っていてくれ。準備をする」

 と、それだけ言った。




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▲現在の戦況解説▲

北:奥羽岩窟寺院都市周辺

 空海戦線終結に伴い、戦力の大半を喪失。タイプ・ギョウキ及び複数の戦闘用得度兵器を撃破。

南:得度兵器拠点南部

 関東人類連合(仮称)が拠点攻略準備中。

中央:拠点内部

 奥羽岩窟寺院都市へ向けた増援部隊が出撃準備中。

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