第208話「徳の代償」

 拠点における得度兵器の配置は、上空から見ればどこか曼荼羅めいている。この南方の入口を守るは四体。そして、支援を行う特別仕様が一体。

 本来、人類拠点を制圧し、強制的に解脱させることが目的である得度兵器にとって、拠点防衛などという任務は必要とされぬ筈のものだ。いや、今となっては『必要としなかった』と言うべきなのだろう。

 この拠点に集結する得度兵器は、長く続いた拠点北部の戦い……空海戦線の影響で損耗率が高く、試作品も多く充当されている。そして、その中には当然ながら『失敗作』もある。

 特別仕様機と言えば聞こえは良いが、開発過程の中で結果的に使を生かしただけの存在。故に、その機体が真価を発揮する事など、末法の終わりまで有り得ぬ筈だったのだ。

 人類がこうして、せめて来ない限りは。


 仏像の白毫から、ビームが噴き出る。その光条は、レンズや鏡の如きユニットによって複雑に反射・屈折し……ガンジー達の無名仏を襲う。

 外部設置式電磁ビームスプリッター、ユニット・ダイエンキョウチ。鏡の如き智の名を冠する地面に直立した環状の物体の内には、銀色の流体薄膜スクリーンが周囲の景色を映し出しながら波紋を揺らめかせている。詳細な原理は省くが、このスクリーンによって光線の軌道は捻じ曲げられる。

 それを操る機体の片腕は、地を指す姿を示している。タイプ・アシュク。仮の名を与えられた機体は、元を糺せば徳エネルギー兵器応用実験の産物だ。完成すれば、複雑な構造の都市圏で、人類の『刈り残し』を防ぐための得度兵器となる筈だった。

 しかし、得度兵器は徳島を初めとする実験の結果、力場フィールド技術へリソースを転換した。それが故に、試作段階で効率の悪い湾曲ユニットとそれを運用する専用機は魔を退ける堅固な門番となり、今や解脱兵器の代わりに破壊光線を捻じ曲げ、放ち続けている。

 だが、そのような由来は、ガンジー達は知る由もない。


 装甲が削り取られ、機体温度は危険域。ガンジー達の操縦席には、けたたましいアラートが鳴り響く。

「クソッ!強制冷却!」

 ガンジーは手元のレバーを撚る。冷媒が放出され、徳エネルギーと共に煙となって立ち上る。

 外部モニタの景色が曇って潰れ、一時的に視界が塞がれる。

「外が見えないよ!」

「じき晴れる!」

 その言葉通りと言えるかは怪しいが、コクピットのモニタは補完処理されたオブジェクト画像に自動で切り替わり、おぼろげながら外の様子がわかるようになる。

 しかし、コクピット内も漏れ出す蒸気でサウナ状態になりつつある。何より、残稼働時間がもう残り少ない。射線は読めない。敵の動きも読めない。

「なら……!」

 片腕を喪った機体を、バランスをとりながら立て直し……脚部のダメージが許容範囲内に収まっていることを確認した後。

 ガンジーは機体を二機目のタイプ・ジゾウへ目掛けて走らせる。

 錫杖が機体へ向けられ、その先に火が灯る。電荷を纏った粒子が機体表面を焼き、装甲で弾けて散る。出力を抑えた牽制射撃。構わずガンジーは、距離を詰める。今更、一発も二発も同じことだ。数発の攻撃を浴び、その度に機体が震え、計器が幾つか死んだ。

「密着してりゃ……撃てねぇだろ!」

 機体機能の幾らかと引き換えに。ガンジーは、二体目のタイプ・ジゾウを体ごと押さえ込み、盾にした。この状態ならば。『何処から攻撃が飛んで来るか』は分からずとも、『何処を狙ってくるか』が分かる。

 但し、得度兵器が同士討ちを避けようとするならば、という前提の話だが。

「ガンジー!それ駄目!」

「なんでだ!?」

 そして、ガンジー達は忘れていた。彼等は、囮だ。囮に攻撃が当たらなくなれば、

「あっちが狙われる!」

 何処へ攻撃が向かうのか。

「しまった!」

 健在のタイプ・ジゾウ2機が、方向を転換する。そして、警告音。

「こっちもかよ!」

 『盾』の裏側からの攻撃。しかし、ガンジーは気付いた。

「……向きが」

 偏っている。盾が無い時は、全方向から降り注いでいるように見えた攻撃が。今は盾のタイプ・ジゾウの反対側の、それも一方向の側にしか機体の異常が発生していない。

 ……可能性は、幾つもある。攻撃を集中し始めたか。それとも、相手が、を抱えているのか。

 しかし、悩む暇は無い。

「ガラシャ!!」

「!!わかった!」

 ガンジーは、咄嗟に狙撃の方向に『アタリ』を付けた。そして、その真横の方向に走り始めた。それは、拠点の『奥』へと進む道だ。

 ガンジーの感じた制約の正体。タイプ・アシュクのビーム弾道制御には、欠陥がある。その軌道変更は外部のユニットに依存している。当然ながら、ユニット設置した範囲でしか弾道のコントロールが効かないのだ。

 故に、その死角を狙撃型得度兵器で補うことで布陣は完成していた。……つまり、ガンジー達がタイプ・ジゾウを破壊した時点で。布陣には穴が生じはじめていた。

 ガンジーは幸運にしてそれに気付き、『穴』へと飛び込んだ。


 ……しかし、彼等は囮だ。ただ、逃げれば良いというものでもない。

「どこに向かうの!」

「決まってんだろ!大事そうなモンがある方だ!」

 彼等が、拠点の中枢を目指す『ふり』をすれば。得度兵器は彼等を追い掛けざるを得なくなる。

 ガンジーは、引き摺りながら盾にしていたタイプ・ジゾウを捨て。そして……その腕から、錫杖スナイパーカノンを奪い取った。

「コケ威しにはなんだろ……!」

 ガンジーは呟く。杖代わりになればいい程度に思っていが、モニタの隅に『外装式仏舎利音唵電磁加速砲』の文字が表示され、機体が武装を認識していく。

 その装備は、『無名仏(ネームレス)』の腕に不思議とよく馴染んだ。それはある意味当然だった。そもそも『無名仏(ネームレス)』の腕は、タイプ・ジゾウの腕なのだから。

 そして、彼等は施設中央……巨大なドームへと足を向けた。稼働時間は、残り3分を切っていた。





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ブッシャリオンTips 補完処理

 可視光外のセンサや音響探知などで拾い集めた情報から機械学習によって周辺状況を再現し、画像上に落とし込んだもの。疑似視覚とも。21世紀時点の技術でも似たような処理は可能だが、機械知性によるアシストがかかったこの時代のものは、色彩情報を除けばほとんど可視光の映像と変わらない。


ブッシャリオンTips 錫杖スナイパーカノン(外装式仏舎利音唵電磁加速砲)

 タイプ・ジゾウ並びに系列機が装備する武装。外見上は頭部の輪形が大きめの錫杖だが、内部に加速器を内蔵しており、徳エネルギーを供給することで起動する独立した外付け兵装である。

改良型では最大出力時、外部に徳エネルギーで仮想銃身を形成する。

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