第198話「人と御仏の間に(中)」

「……そういえば」

 と、参参空海は云った。2人の空海は、肩を組みながら雪上を駆けている。

「同じような力を持っていながら、あまり話したことも無かったな」

からだよ」

 と、参壱空海は返した。

「君は、特に心の動きが見え辛い」

「色々な物を見過ぎると、そうなる」

 都市の『眼』であるとは、そういうことだ。モデル・クーカイの力や、得度兵器の放つ力。瞬く都市のジェネレータ。それらを見るだけでも、知識と合わせて推測すれば、色々なことが判ってしまう。

 そして、それとは裏腹に。己の心は動かなくなってゆく。諦めてしまう。

「……そういう、ものなのかな」

「遠くだけを見ていられれば、そうはなるまいが」

 身近な物に眼を瞑って。遥か彼方を、星々を望む望遠鏡のように見て居られれば。煩わされずに済むと、幾度となく思った。

 そうして、見ることからも戦うことからも逃げて。クーカイ達の指揮すら、後輩達に押し付けてきた。

「でも今は、こうして話して居られる」

 タイプ・ギョウキ……否、『ヤーマ』が放出する力で、徳エネルギーの視界が閉ざされた今になってはじめて。参壱空海は、この世界を間近に感じていた。

 何か大きな物から切り離されてしまったかのような。孤独で、理不尽な世界。けれど、皆ははじめから、この場所に居たのだと。こんな世界で生きていたのだと。彼は知った。

「そうだな。全部終わったら、ゆっくりと話をしよう」

 2人の歩みは、早くはない。片や、子供の体。片や、もう長らく前線に出ていない空海だ。

 それでも、漆黒の大仏は近付いてくる。


-------------


(随分と、手荒な)

 狙い過たず、頭の先から『着弾』した参伍空海は、その根を這わせる。

得度兵器が塗り固めた奇跡の壁は、強固にその機体を守っている。その正体は、徳エネルギーを浸透させた水と塵の混ざった半実体の堤である。

(だが、如何な堤にも)

 僅かな罅さえあれば。

(花は、芽吹く)

 己が着弾した痕を足掛かりに。参伍空海は根を張り巡らせる。強固な堤に割り入り、それをゆっくり溶かすように糧と吸い上げながら。蔓は得度兵器を巡ってゆく。

如何な徳エネルギーといえ、物質的には水と土に他ならない。ならば、それは、彼の糧だ。

『止めろ、何をしている……!』

 大仏が。その中にある何かが呻く。ビリビリと空気が震える。

(お前の力、生命の糧とさせて貰うぞ……!)

 モデル・クーカイの。参伍空海の徳エネルギーが、爆弾のように弾けた。根の増殖速度が、今迄とは比べ物にならぬ程加速する。

 堤を溶かし、周囲の雪をも食み、出来上がった泥濘の中に葉を茂らせ、蕾を結ぶ。表面を覆い尽くした植物の根はやがて、肆壱空海のAPFSVが穿った穴を見つけ出し、内部へと分け入る。

 そして、急速な肉体の変容と増殖。それに反比例するかの如く。参伍空海の意識は薄れていく。身体そのものが、人としての機能を捨てようとしている。

 『ヤーマ』は身を這い、身体の中へ分け入る根の不快感に、体を攀じる。

 しかし、侵食は止まらない。そして、内蔵火器によって焼き殺そうにも。得度兵器の高性能過ぎる感覚器官は、変質した参伍空海をモデル・クーカイであるとも、ただの植物であるとも認識することは叶わない。

『そこを退け!』

 『ヤーマ』は、得度兵器の身体制御にまで支配権を伸ばした。だが、それは同時に不快感の沼フィードバックにも足を踏み入れることとなる。

 人の姿を持つことは。その感覚をも、人に近付いてゆくことだ。身にたかる羽虫を厭うように。自然な嫌悪は、動きを鈍らせた。

「……そうか。やっぱり君は、んだね」

 と。遠くから、参壱空海は呟いた。それは、あの得度兵器の中身と、参伍空海の何方に向けた言葉であったのか。

 得度兵器の全身には。今や、ただ蓮の花が噴き出るように生い茂っていた。大仏の所々罅割れ、剥げおちた表面の奥からは、皺だらけの老僧のかんばせが覗いていた。

「今の隙に攻撃を!」

 参参空海は叫ぶ。

「そうだね。でも、もう少しだけ、待って欲しい」

 参壱空海は、その光景に眼を細めながら。顔の前に広げた両の掌の間に、墨の珠を作っていく。雪玉を丹念に握るように。幾重にも押し固めていく。

「風信雲書、天自り翔臨す、之を披之を閲するに、雲霧を掲げるが如し」

 彼の呪言は、或いはこの国で。最も名高い書の、『手紙』の冒頭だ。手紙とは、何かを伝える物だ。

 受け取るもの無くば、それは只の紙の切れ端に他ならない。

 相手が、心無き得度兵器であるならば。その想いは届くまい。


 だが、今。あの仏に宿るものは、何であるのか。

 それがもし、心あるものならば。

「届けえええええええ!」

 参壱空海が叫ぶ。徳の力が、大気を震わす。

 墨の珠から、龍が生まれる。龍は自らを喰むように、空中で只の水へと還っていく。

 しかし、只の水は、刃の如く。針の如く、得度兵器を狙い撃つ。涓滴岩を穿つという言葉の如く。そのを受けた大仏の巨体が、大きく仰け反った。

 今や草花に覆われた体表から、花弁が舞い散る。

『……指向性の悪性情報攻撃……徳エネルギーの変調だと……只のモデル・クーカイに、そんな真似が出来よう筈が……!』

 奪い取った身体から、漏れ出すように。『ヤーマ』の思考が、人の言葉となって現れる。

 そう、これは手紙だ。

 只の徳エネルギーの奔流ならば。打ち消されて終わる。只の善行では、『終わり』を変えることは出来ようと、『今』を変える事はできない。

 だから、彼は己の身を削り、己の持つ功徳情報そのものを作り変えた。より伝わるように。相手を貫くように。刃の形にして、撃ち込んだ。

 特別なことではない。今の弐陸空海も。そして、あの得度兵器に宿るモノの泥も、恐らく原理は同じだ。己の思いで、己の在り方を捻じ曲げる行いだ。、皆やっていたことだ。

 だから、彼は出来ると思った。己が己で無くなることに、耐えさえすれば。

 しかしそれは、只の人間には、そして本来の参壱空海の『機能』には過ぎた行いだった。

「……やっと、届いた」

 参壱空海は、荒い息遣いで、そう口にした。

 それでも。刃は、今度こそ。得度兵器の中枢を穿った。

 得度兵器の穿たれた部分から、煙が吹き上がっている。その奥に、輝きが見える。

決して失われることなき、徳の輝き。徳エネルギーブッシャリオンの始まりたる、仏舎利の欠片が。

「……すまない。次は、俺の番だ」

 参参空海は、駆け出した。仲間から受け取ったバトンは、彼の手へ渡った。

『……認め、られぬ』

 その瞬間。憤怒の言葉が、漏れた。大地に撒き散らされた泥の残りが。意志あるものであるかの如くざわめいた。

 得度兵器には、僅かながら自己修復機能がある。参壱空海が穿った小さな穴は、徐々に塞がっていく。

「間に合え……!」

 だが、それよりも早く。参参空海は、得度兵器の懐へ滑り込むように駆け込まんとする。そして、か弱き僧侶を見下すかのように。得度兵器が、動いた。

 最早、味方は矢尽き刃折れている。

 そうして、ただ一人の、力を持たぬモデル・クーカイは。得度兵器と向かい合っていた。

「……そうか」

 参参空海もまた、参壱空海と同じように思った。他の空海達は、こんな経験をいつもしていたのかと。



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ブッシャリオンTips 指向性の悪性情報攻撃

 圧倒的規模の差がある情報生命体に対するほぼ唯一の有効打は、強力な指向性をもたせた(悪性)情報を撃ち込むことだ。徳エネルギーを介せば、理論上はそれを物理的に行える。

 徳エネルギーに意志を込めた一撃が、『ヤーマ』にはそう映ったのだろう。

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