第181話「組木」

 人の歴史に於いて。似たような時期に、似たような発明や発見が行われることは決して珍しくなかった。それは数多の挑戦者達が切磋琢磨した証でもあるからだ。その結果生まれた星の数ほどの部品からなる組木細工が、文明というものの形を作り出してきた。

 そして文明の果実を失いつつあっても。人が挑み続ける限り、同じことは、また起こるのだろう。


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「どうしたの?ガンジー」

「そっちこそ、どうしたんだよガラシャ。ジェネレータの方は足りてるのか?」

 ワンピース姿の少女が、ひょっこりとガンジーの前に顔を出す。

「今は、人は足りてるんだって。徳が増えはじめてるとか、なんとか」

 功徳を直接観測することは叶わぬが。少なくとも徳エネルギーは、他者のために使うほどにその強さを増す。これから始まる戦いを前に『他の誰かのために』と心を研ぎ澄ませた徳高き人々が、徳エネルギーの生産効率を高めているのだ。

「そうか。なら、良かった」

 準備は、整いつつある。

「それで、ガンジーは?まだ聞いてないよ?」

「……少し考えてた」

「ガンジーが?……雪が降るって言ってこないと」

「おい待てコラ」

 ガンジーは、逃げようとするふりをするガラシャの手を掴む。

「離して!はなして!」

「何なんだよ!……何なんだよ」

 コイツは何をしに来たんだ、と思いつつもガンジーは暴れるガラシャの手を離す。

「……痛い」

「逃げようとするそっちが悪いんだろ!」

 手をさするガラシャを、ガンジーはまじまじと眺めた。

「……ちょっと伸びたか?」

「たぶんまだ成長期だから、少しだけ」

「いや、髪」

「……切る暇がなかったから。こっちの街なら、床屋さん居るから。落ち着いたら切って貰う……」

「そのままでもいいと思うけどなぁ」

「何か言った?」

「いや、何でも……っと、本当に雪が降ってきやがった……」

 桃色をした徳の雪が、ちらちらと空に舞い始める。徳カリプスの残滓でもあるその雪は、今や季節を問わずに時折降り注ぐ。あたかも、人に己の過ちを知らしめるかのように。

「ガンジーのせいで……」

「だから、俺のせいじゃねぇよ!」

「……そういえば、ノイラさんが呼んでたよ」

「それを先に言えよ!遅れたら絞られんだろ!」

「ガンジーのせいで……」

「それは……まぁ、俺のせいかもしれねぇけどなぁ!」

 二人は言い合いながら、雪の舞う外を歩く。儚い雪は、落ちるやいなや僅かに地べたを濡らすだけですぐに溶けて消えてしまう。

 それでも嘗ての災禍残り香は、ただ大地へ向けて、人にも、機械達にも等しく降り続けている。道端の一角に置かれた擦り切れた、地蔵の石仏(非可動)だけが、ただただそれを眺めていた。


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 ガンジー達の目の前にあったのは、嘗てこの街にあった寺院の『大仏殿』を思わせる仮設格納庫だった。

「……で、何の用だ?」

「5分遅刻だ」

 ノイラは、機嫌が悪そうに車椅子の上で眉を潜めている。彼女の苛立ちは、直近の激務による疲労が原因でもある。

「悪かったな!ごめんなさい!」

 以前、色々あった結果、ガンジーは彼女の恐怖が身に染みている。

「……正式なブリーフィングの前に、このメンバーの間で情報を共有しておこうと思ってな」

 クーカイが話の続きを引き取った。他に居るのは、工廠の人間やベテランの採掘屋。ガラシャの街の重鎮達。つまりは、この『戦争』の重要人物。

 その前で、今更何を明かそうというのか。

「今回の戦いは、電撃戦になる。我々には幾度も攻勢をかけるような余力は無い。従って、重要なのは如何に短期間に相手に打撃を与え、得度兵器拠点の中枢を制圧するかだ。だから、そのためには切り札が必要になる」

 それは、前提だ。だが、

「……切り札?」

「うち一つは、彼等の活躍で手に入ったようなものだ」

 彼女は動く方の手でガンジー達を指し示す。

聖人化薬しょうにんかやく、『モデル・サイチョー』。壊滅したキャラバンや、各所から掻き集めた武装群。そして、これが……最後の一つだ」

 そう言い終わるや否や、格納庫の扉が開かれ始める。

 ゆっくりと開く電動シャッターの前で。ガンジーはただ、立ちつくしていた。

「……もっと早めに教えておくべきだとも、思ったんだが」

 クーカイはそう言って、彼の肩に手を乗せた。

「こいつは……」

 そこにあったのは。継ぎはぎだらけの、得度兵器だった。冷徹な美しさは無残に消え去り、組木の仏像をバラバラにして出鱈目に組みなおしたような有様と成り果てても。それは、得度兵器だった。

「今迄に破壊した機体から、寄せ集めた部品で組み上げたパッチワークだ。元々は私の身体を直せないかと始めたことだが……どうも、無理そうだったのでな」

「予備部品も無いからすぐに使えなくなるだろう」

 クーカイが補足する。一体分をでっち上げられただけでも、奇跡に近い。というよりも、厳密に言えば一体分にすら足りていない。特に制御系は得度兵器のシステムをそのまま載せるわけにも行かず、保留のままだ。

 それでも、そこにあったのは。得度兵器の姿であり。そして……変わり果てていようとも、元を糾せば人を救うものの姿であった。

「……いいじゃねぇか」

 ガンジーは、そう呟く。元はと言えば、彼等の戦いは生きようとするところから始まった。それは、目の前にあるもの全てを使うことだ。

 嘗ての文明の痕跡だろうと。忌まわしき負の遺産であろうと。聖人の亡骸だろうと。この世界に残された、奇跡の残滓であろうと。何もかもを使って生き延びる。己の破壊したものの残骸で組み上げられた歪な機体を見た時にガンジーは、今の戦いがその延長線上にあることを理解した。

 心の中で燻っていた何かに、火が灯ったような気がしたのだ。

「……以上が、基本戦略と現在の部隊予定配置だ。得度兵器の動き次第では、変更になるが……」

 続く言葉すら、もうほとんど耳に入っては居なかった。

 その身体に足があり、たどり着くべき場所があるならば。後は、前に進むだけだ。


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ブッシャリオンTips 無名仏ネームレス(仮)

 得度兵器の残骸から組み上げられた巨大人型機動兵器。主要な構成パーツはタイプ・ブッダ、タイプ・ジゾウ、タイプ・ミロク等の系列機から調達されている。部品の規格性の高さが為せる技だが、現在の人類の手に余る存在であることに変わりは無い。

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