第182話「無名」
「……それで、このデカブツは誰が動かすんだ?」
継ぎ接ぎだらけの仏の前で得度兵器拠点の攻略会議は粛々と行われていた。その最中にガンジーは、誰もが気にしていたことを口にした。
「無論、私が動かす。この機械の身体の機能で運動回路の代替が可能だ。それに……私ならば、動力を捻出できる」
車椅子のノイラは、そう答える。高度に機械置換された彼女の身体は、根本的には得度兵器と同じテクノロジーで構成されている。だからこそ今眼前にある、制御ユニットの欠如した抜け殻の如き躯体であっても、ある程度の慣れで思うままに動かせるようになる筈だ。
そして、何より。その肉体には、ブッシャリオン・サンプルが埋め込まれている。無尽の徳エネルギーを産み続ける奇跡の欠片が。
「でもよ、じゃ指揮は誰がとん……取るんだ?」
だが、とガンジーはそう言い募る。今の人類側の中枢は彼女なのだ。高度に強化された舎利ボーグの情報処理能力にも限界はある。幾ら万能になろうと人は一人だ。
この巨体を動かしながら、全軍の指揮を執る。果たして可能なことなのか。
「やる他無いだろう」
それは直感的に発せられた疑問だったが、的は射ていた。だからこそ彼女も、断定を避ける言い方しか出来ない。
「それに……その破損した身体で最大出力を使えば、相当な負荷が掛かるのでは?」
更にクーカイが言い添えた。ガンジーが言わねば、彼は口を噤んでいただろう。
ノイラの身体は外見こそある程度修復されているが、内側はまだ得度兵器の狙撃によって破損したままだ。それをクーカイは察していた。
仏舎利の最大出力は、ただでさえ彼女の肉体を傷付ける。破損した状態で使えばどうなるか。命を縮めることにもなりかねない。
「……死ぬ気じゃねぇだろうな」
ガンジーの目つきが険しくなる。
「……そんな気は無い」
しかし、彼の問いに応えるノイラは。短く言葉を切って。
「もしも足腰が立つなら、締め上げているところだ」
そして取って付けたように、付け加えた。
「足腰立たねぇってんなら……!」
「……ガンジー、止めておけ」
クーカイが、尚も言い募るガンジーを制止する。他に方法は無い。膨大な徳エネルギー源と、巨大兵器の制御システム。この二つを同時に解消する方法など。
「指揮は、他に任せるという手もある。第一、一人で動かすには、エネルギーが足りん」
「でもよ……」
だが、そこでガンジーは止まらなかった。止まらなかったからこそ、此所まで来れた。
「……何か、ないか」
何か、方法がある筈だ。今までの出来事が、ガンジーの脳裏を過ぎる。得度兵器と戦うことを決意してからの経験が。
いや、そもそも……彼等はどうして、旅に出たのか?
「徳ジェネレータが、ぶっ壊れて……」
「どうした?ガンジー」
「……なぁ、俺達の街の徳ジェネレータ、なんで壊れたんだったか?」
「なんだ、こんな時に……前にも説明しただろう。それは、ミラルパ老とソクシンブツの徳エネルギーが飽和して……」
そう言いかけて、クーカイは気付いた。
「同じことをやったら、どうなる?」
「……タンデムか!」
同じ徳ジェネレータに高僧二人を詰め込むという手法は、滅多なことで行われるものではない。瞑想空間を確保できないばかりか、二人分の物理容積を確保すれば徳エネルギー密度が損なわれ、効率が悪化する。何方かの徳が低くとも、やはり同じことになるだろう。
だから、メリットが無い。バッテリーの並列繋ぎならば使い途もあろうが、徳エネルギーの大本は人間だ。
しかし、仮に一基の徳ジェネレータで瞬間的に大出力を得たいならば、話は別だ。二倍とは行かずとも、得られるエネルギー量は暫くは増える。
エネルギー効率が劣悪な寄せ集めの機体とて、動かせるやもしれない。
「……だが、問題はもう一つある」
制御システムだ。
「それはもう、考えてある」
ガンジーは自信満々に告げる。彼等の辿った道筋を振り返れば。答えはそこにあった。
「こういうのは、『元の持ち主』に動かして貰うのが一番手っ取り早ぇだろ」
そう。休眠状態の得度兵器のシステムが、この街には眠っている。
「やっぱりお前は、極めつけの大馬鹿だ……」
クーカイは呆れたように零す。
他でもない、彼等の最初の獲物。今の知識を得た彼等ならば、それがどれ程の例外で、そして今何をしているのかがわかる。
得度兵器のネットワークから切り離され、街にエネルギーを供給する徳ジェネレータの一部と成り果てて尚、人類救済のための果てなき試行を続けるもの。
タイプ・ミロクMk-Ⅱの思考中枢が。
「……本当に、世の中何が幸いするかわからんものだ」
ノイラは、そう呟く。
「何を言っているか、わかってるのか!それは、得度兵器を説得するという意味だぞ!お前はどれだけ徳が高い積りなんだ!」
クーカイは、ガンジーに詰め寄る。
「……いや。得度兵器は、元々は人類を救う目的のために作られた機械だ」
だが其処で、ノイラが口を挟んだ。彼女は、それを知っていた。嘗て、義兄のもとに居た時に。『それ《It》』が如何なる願いの下に生まれ、功徳のごとく積み重ねられてきたのかを知っていた。
徳カリプスを経て、『それ《It》』は得度兵器となった。
「今は、『人類総解脱』という『解』に従っているに過ぎない」
その導出までに、如何なる作為があろうとも。それは導き出された言わば一般解だ。
「だが、それは局所的な最適解とは必ずしも限らない」
「ど、どういうことだ?」
「ごく限定的な状況に限れば……それを覆せるかもしれない、ということだろうか?」
クーカイが代わりに答える。
「そういうことだ。具体的には、取り入れる情報にバイアスをかけて、思考を誘導するような手間が要るだろうが……」
「?????」
ガンジーの頭には激しく疑問符が浮かんでいる。
「お前が言い始めたことだ」
そう言って、クーカイはガンジーの肩をバンバンと叩く。その道は、得度兵器を直接打ち倒すよりも或いは遥かに険しい道であろう。だが……
「試してみるだけの価値はある」
何よりも。これだけのピースを揃えられる人間が、この世界に他に居るという保証がない。
これはある意味。袂を分かった人と機械との。最初にして最後のコンタクトとなるのかもしれなかった。
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ブッシャリオンTips 得度兵器説得の原理補足
例えるならば、同じクーカイでも育った環境次第で高僧にも悪人にもなるし、一人で放置するとグレる。そういうことである。
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