第180話「黎明」Side:ガンジー

 畿内での戦いによって、機械知性達は「」という知見を得た。

 事態の重大性故に、対策は迅速に行われた。結果。得度兵器は人類の破壊工作や奪取の対策のみならず、「得度兵器を壊すための得度兵器」を作らざるを得なくなった。

 実際の因果関係はそこまで単純ではあるまいが、事実として、この頃を境に得度兵器の質と種類は大きく変化を遂げていく。得度兵器を倒すための得度兵器。そして、それを倒すための得度兵器。無限に続く、進化の爆発の如き変貌が始まったのだ。


 だがそれとは関係なく、物語の舞台は、再び東へと戻る。

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「3……」

 街から離れた荒野に、二つの仏像の頭だけが並ぶという奇妙な光景。その直下から伸びたケーブルは、程近くにあるフラスコ型の物体……徳ジェネレータへと接続されている。

「2」

 カウントダウンと共に、仏頭の白毫部分が光り始める。

「ビーム出ねぇよな?」

「回路は遮断した」

 小柄な男が、ハゲ頭をバンダナで隠した大柄の男に心配そうに問い掛けている。

「1」

 ゴーグルを装着した人々は、食い入るようにその光景を見つめている。ガンジー一行と街の技師達だ。

「第一回、徳エネルギーフィールド作動実験。開始」

 別の頭の禿げた男が、そう叫んで手元のパネルで出力を徐々に上げていく。二つの仏頭から発生する干渉パターンが繋がり、一つになる。二つの仏頭の間に複雑な力場が生まれ、それに沿って大気中のブッシャリオンが流れ、可視化される。最終的にそれは、天へと抜ける光の壁の姿へと収束する。

 平面状の徳エネルギーフィールドだ。

「爆発しねぇよな、これ」

 ガンジーは、再び不安を口にする。

「私が居る限りは、安全だ」

 車椅子に乗った黒衣の女性……ノイラがそう返す。だが、彼女とて完全な確証は持てない。あれは、未知の理論で構成された装置だ。可能性は極めて低いが、フィールド内で局所的なブッシャリオンの相転移……即ち徳カリプスの再現が起こる恐れすら零とは言い切れない。未知であるとは、そういうことだ。

 徳エネルギーに纏わる物である以上、彼女の肉体に仕込まれたによって『押さえ込む』ことは出来るのだろうが。

「……でも、なんだありゃ」

 異変を見出したガンジーが指差した先。二つの仏頭を繋ぐ直線上には、まるで一本の道のように光る蓮の花が咲き乱れていた。

「興味深い現象だ」

 だが、彼等がその光景に注視し始めた直後。白毫の発光が点滅を始め、天を衝く徳の壁は消え失せた。蓮の花は、大気へ溶けて消えて行く。

「何があった!?」

「……エネルギー切れです」

 実験コンソールを握っていた禿頭の男……地下に住んでいた元テクノ仏師は残念そうに首を振る。

「ガラシャ!もっと気張れよ!」

『頑張ってどうにかなるわけじゃないでしょ!?』

 徳ジェネレータの中に向かって叫ぶガンジー。怒鳴り返すガラシャ。

「その通りだ。この実験装置では、やはりエネルギー効率が悪すぎる」

 そして、諌めるクーカイ。

「改善策は、何か思い付くか?」

 クーカイに問いかけるノイラ。

「ジェネレータの基数を増やすのが単純だが、出力を上げすぎるとフィールド自体が未知の反応を引き起こす危険がある。瞬間的な大出力と微細な調整を両立するには、得度兵器の使う大型キャパシタがあれば、恐らくは……」

「まぁ、合格点だ」

 クーカイの返答に、ノイラは満足そうに頷く。

「……」

 ガンジーはそれを横目に不貞腐れる。最近どうも、相棒の様子がおかしい。以前から物知りだったが、このところは吸収が早すぎて、別の世界に行ってしまいそうな気すらする。

『それはガンジーが勉強してないからだよ』

「ぐっ……お前なぁ!」

 微妙に反論出来ず、歯痒いガンジーを他所に、技術陣による相談は進んでいく。



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「……実感無ぇんだよなぁ、なんか」

 実験からの撤収後。油臭い工房の隅で、ガンジーはいつものように部品を弄んでいた。解体された得度兵器。山積みにされた武器と物資。

 その質量は、純粋に戦いの実感を与えてくれる。少なくとも、という異変の兆候は。

 だが、その先は話が別だ。生きるために奪うことと以外、彼は知らなかった。これから先に何が待っているか。そんなことは、分からない。一言で言えば、それは不安だ。

 そして同時に、この街では彼は他所者だ。専門の工廠も職人も居る。ノイラや元テクノ仏師のような技術者すらも。だから、ガンジーには明確に割り当てられた仕事が無い。無論、人手自体は圧倒的に足りていないのだが。大規模かつ効率的な人員管理ノウハウもまた、喪われて久しい。

 つまりそれは、暇な人間と忙しい人間が生まれてしまう、ということであり。暇な方の人間は、際限なく思い悩む羽目に陥るということでもある。


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「フィールドの形成実験に成功したはいいが……あれは、使い物にはならんな」

 作戦会議に使われる仮設テントには、ありったけの電子機器や端末がかき集められて山と積まれ、阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 その山の中心で、安楽椅子に横たわりながらノイラは意識を集中している。

 侵攻計画は既に遅れに遅れている。想定よりも人類側の軍勢が膨らみ過ぎたのがそもそもの元凶なのだが。装備も戦術もバラバラの人員を最低限とはいえ組織立った戦力にする作業は悪夢的だ。

 幸いにして、と言うべきか。得度兵器の目立った活動は未だ確認されていないものの。彼女の見立てでは得度兵器は何時動き始めても不思議は無い。嵐の前兆の如き静けさだ。

 もしかすると、この不自然な静けさは。あのフィールド兵器を使う前兆であり、今はエネルギーを蓄えるために活動が一時的に沈静化している、という可能性も十分に有り得る。

「失礼する」

 そこでテントの中に、足を踏み入れる者が居た。街の長老格の一人だった。

「武器の配備状況はどうだ?」

 彼女は、老人の方を見ぬまま問い掛ける。

「マニガトリングガンと、の整備に人を割き過ぎているのがやはり問題だ」

「だが、切札は必要だ」

 得度兵器との戦いに勝つには、今の戦力では足りぬ。

 掻き集めたマニガトリングを初めとする兵器と、戦闘訓練を積んだ採掘屋達。そして、モデル・サイチョー。それでも、まだ足りない。

 だから、『切札』が必要なのだ。

「しかし、本当に当てになるので?そのぅ……あれは」

 街側の取りまとめを行っている長老は、不安を……というよりも、抵抗感を隠せない様子だ。

「大丈夫だ。あれは私が動かす手筈になっている。本当に世の中、何が役に立つか分からないものだよ」

 会話に片手間で応じながら、彼女はネットワークに意識を集中ダイヴする。本当に。最初はただの彼女の気紛れから始まったことが、ここまでの大事になるとは。彼女自身思ってはいなかった。

「いや……」

 その根を辿るならば。本当の意味でのはきっと、彼女ではないのだろう。

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