第一七四話「傷だらけの仏」
殆どの得度兵器は、人類を強制的に解脱させるための徳エネルギー兵器以外にも複数系統のエネルギー兵器を持っている。例えば、タイプ・ミロクMk-Ⅴはごく少量の反物質を密閉状態で加速し、それを対象に叩きつけ対消滅反応を発生させる力を持つ。
徳に非ざる破壊の渦は、周辺大気と反応し膨大な電磁波を垂れ流す。
「クソッ!送信機がイカれましたねェ!」
鉤鼻の男は、思わず悪態をつく。直撃は避けられたが、余波のサージで通信機が焼けた。機体の電気系統にも損傷が発生している。ステルスも破られ、撃ち落とされるのが早いか、墜落が早いか。最早、タイプ・シャカニョライのコントロールを継続することは不可能だった。
だが、そもそも。タイプ・シャカニョライの方はどうか。如何な最新鋭得度兵器と言えど、膨大な業火の前に屈してしまったのであろうか。
プラズマ化した大気が放電を撒き散らす。ゆっくりと、爆炎が晴れていく。その中から、焼け焦げた仏像の如きシルエットが姿を現す。反物質兵器特有の破壊痕を全身に刻まれながら、尚もタイプ・シャカニョライは健在であった。その表面は、あたかも年月を経た木仏の如く罅割れ、傷ついている。
無傷とは断じて言えぬ。だが得度兵器は、己の作り出した盾を完全に貫くことは出来なかった。その全身の罅から、仏舎利の放つ徳エネルギーの光が漏れ出している。
今や主なき仏像は、ただ佇み、滅びの時を待って。
……否、その瞳に、再び徳の光が灯る。
攻撃の煙に紛れて、その背後には。
「御誂え向きに、タイプ・シャカニョライは既にバラバラ寸前でおじゃる。自爆装置が無くても、すぐオーバーロードする筈でおじゃる」
「再起動までどれ程かかる!?」
「突っ込ませるだけなら、数分でおじゃるな」
「そんなに待てん!」
「ああもう、気を散らすなでおじゃる!」
『マロ』達は得度兵器の後ろに付き、迅速に通信を引き継いでタイプ・シャカニョライの再起動を試みていた。『マロ』は笏型端末を高速でスワイプしながら、不要な処理を半ば勘で切り捨てていく。
彼等の乗る機体のステルス性能は既に不完全だ。だがそれは即ち、向こうからこちらが見える、ということでもある。
得度兵器にとって、人は救うべきもの。見えていることも良し悪しだ。彼等が居る限り、タイプ・シャカニョライを攻撃すれば『マロ』達が巻き添えになる。
だから、暫くの間は撃てない。
尤もそれは、徳エネルギー兵器を除けば、の話だが。
「制御権が乗っ取られかけてます!」
「そっちの対応は任せるでおじゃる!」
加えて、得度兵器がタイプ・シャカニョライの再起動を座して見守ろう筈も無い。制御権を再奪取せんとする電子戦の対応もせねばならない。
そして更に、付け加えるならば。
眼下の京の街は、既に徳エネルギーフィールド……否、浄土に近い
このままでは、彼等も現し世に戻れなくなるやもしれぬ。そうしている間にも、タイプ・ミロクMk-Ⅴの機体の隙間を埋めるように、蓮の花のような徳エネルギー結晶体が広がっていく。
あまりにも強大な、機体表面から放出される徳エネルギー。それを核として、大気中の超高密度ブッシャリオンが結晶化を始めているのだ。それは、巨大の全身に徳エネルギーを直接巡らせている証でもある。
全方位解脱兵器、徳エネルギーバースト機構。その名を受け継ぐ、タイプ・ミロクMk-Ⅱに搭載されていた兵装の発展型だ。
「これで!」
だが、既に『マロ』の作業は完了した。ニシムラの部下が作業する画面上では、防壁一枚を残して制御権を維持している様が表示されている。急増コントローラのスティックが倒される。
タイプ・シャカニョライの脚部徳ジェットホバー機構が最期の咆哮を上げ、巨体が前傾姿勢を取りながら突撃を開始する。
仏の突撃を阻止せんと、タイプ・ミロクMk-Ⅴの近接防衛システムが小さな光弾を吐き出す。既に防壁を発生させる力を失ったタイプ・シャカニョライは、それを受け、徐々に壊れていく。頭の螺髪が勢い良く脱落し、湖に水飛沫を立てる。
それでも、仏の突進は止まらない。
ミロクMk-Ⅴの、一歩手前で。ホバー機構が限界を迎えて爆発した。その火の手は全身を覆うように広がっていく。焼身自殺抗議を行う僧侶めいて、タイプ・シャカニョライの機体は燃え上がった。
「離脱急げ!」
『マロ』達は遠ざかりながら、その有様を眺めていた。一刻も早く異界を抜けねば、間に合わなくなる。
眼下には、碁盤目の如き街並みが並んでいる。『マロ』とニシムラは、しばし時を忘れて、それを見ていた。
それがいつの時代のものかは、明確にも分からない。いつの時代も変わらず在り続けてきたのが、この古の都だ。
蠢く人々の中には、きっと、『マロ』に馴染みの者も居るのだろう。街行く幻の幾人かが、天の上の此方を仰ぎ見たような気すらした。
だが、それらはもう、この世界には在ってはならぬ光景だ。
「……何が、これを作り出しているのか。今の麿には、はっきりとは分からんでおじゃる」
「……」
「それでも、いつか必ず」
必ず、突き止めてみせると。彼は、そう誓った。
彼等の乗るステルス機が、フィールドの境界に差し掛かる頃。火光三昧の如き有様となったタイプ・シャカニョライの機体は完全に限界に達し、破裂した。膨大な徳エネルギーが解き放たれ、その奔流が偽りの京の街を掻き消した。
タイプ・ミロクMk-Ⅴはその衝撃で徳エネルギーの循環に不調を来し、フィールドの発生を停止させた。
その中で。崩壊したタイプ・シャカニョライの機体から、桃色に輝く何かの小さな粒が飛びだった。そしてそれは、そのまま何かの形を取ろうとしていた湖面の輝き……キョートに形成された徳異点の内へと吸い込まれていった。
フィールドの支持を失った京の街の残滓は、幻のように再び溶けはじめる。それを構成していたブッシャリオンは、あるものは大気に還り、またあるものは日本最大の湖へと戻る。
生滅流転する万物を現すかの如く。異界は、構成法則を失い現世に包み込まれていく。その中心たる徳異点すらも、徐々に現世の侵蝕を受けて萎んでいく。
最後に輝く鳰鳥が一羽、飛び立ちながらその体を大気へ溶かし。辺りは、静けさを取り戻した。
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