第175話「望まぬ来訪者」Side:ヤオ
「登録ねぇな」
「他所者か。しかし何処から」
「陸地はもう、人の住めるとこじゃねぇってのに」
ヤオは、店から出ようとしたところを二人の男に取り押さえられていた。
彼等は照合装置を彼女の顔に向ける。だが、船団の市民登録情報は当然ながら存在しない。
「あの、その子は違うんです!」
マサコは状況が掴めず、おろおろしている。
男達は制服に身を包み、その肩には三本の柱と三位一体記号の社章が縫い付けられている。彼等は、街の警察として働くセキュリティ社員達だ。
ヤオが持っていた刀は既に取り上げられている。彼女には抵抗する暇など無かった。相手は訓練を積んだプロだ。
一人の社員が彼女の生体情報を記録している傍ら、
「困るじゃありませんか。報告してくれないと」
「……ええと、どういうことでしょう?」
もう一人の矛先は、マサコにも向く。
「外から入ってくる人間が病気を広めると困りますから。届けないといけないんです。嬢ちゃん、歳は?」
「……16、です」
抵抗の無意味さを悟ったヤオは、セキュリティ達にそう告げる。
此処は、やはり『異国』なのだと。彼女は改めてそう感じていた。何もかもが徳島とは違う。立ち並ぶ店や、沢山の人々だけではない。何かが違うのだ。
それは、社会の在り方だ。
「徳カリプス前の生まれなら、最低限の接種はやってるな」
「だが一応、決まりなんでな。色々聞かないといかん」
彼女は、社員二人に半ば引き摺られるように連れて行かれ、マサコはその後を不安げに付いてゆく。制服姿のセキュリティ社員二人と尼僧と見慣れぬ少女。その一行は賑やな街の通りの中で尚、果てしなく目立っていた。
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「……あの、私、どうして……」
「何かの容疑者になっているわけじゃない。話を聞くだけだ」
「ごめんなさい、私も規則を知らなくて……」
狭い詰め所中で。マサコとヤオは机の前でセキュリティ社員の一人と向かい合っていた。マサコは申し訳なさそうに他の二人に謝罪している。
「何処から来た?」
「……言えません」
ヤオは、答える。『敵地』で捕まっている今は、危機的な状況だ。だが……優しい彼女を騙し続けるよりは、何処か気楽だった。
そして、出自を口にすれば、徳島に迷惑がかかる、と彼女は考えた。たとえ既に縋るものが既に無かろうと、人は容易く故郷を売れはしない。
「『船団』への移住希望じゃないのか?」
「違います」
「人を探しに来た、と?」
「どうしてそれを……」
「残念ながら、企業秘密だ」
彼女達の会話は、最初から筒抜けだった。というよりも、治安機構が働いている場所で、武器を持った異邦人が彷徨けば。いずれそうなるのは自明の理だった、と言うべきか。
尤もそれが刀だと分かったのは、仕事柄武器を取り扱う、セキュリティ関係の社員だけだったのだが。
徳エネルギーの時代の終わりには、人類は武装の大半を放棄していた。携行レベルの武器であっても、それが「何か」を判別出来る者は少ない。まして刀のような骨董品は、例え知識として知っていても、眼の前にあるモノと結びつかないのだ。
その風土を、十五年を経て尚船団の人間は引き摺っていた。船上に築かれた『街』の外に出る人間は武装することもあるが、原則として『街』の中での武装は禁じられている。
「では、えーと……ひとまず短期の滞在ということで良いのかな?」
「……はい」
「身元の保証人が必要になるらしいが、それは誰が?」
あまり行わない手続きらしく、セキュリティ社員は端末を取り出し、何かの書類を読んでいる。
「私がなります」
マサコが手を上げた。
「では、書類を……」
数十分後。
「疲れた……やっぱり、ここ違う……」
ヤオは、頭を机の上に横たえていた。天板がひんやりして少し気持ちいい。
慣れない書類を読み終え、わからぬ部分はマサコに解説して貰いながらも短期滞在の手続きはどうにか終わった。何かの検査のために、血まで取られた。といっても、耳朶を少し挟んで終わりだったのだが。
「改めて、『船団』へようこそ。貴方は……どうも、十年ぶりの観光客だそうで」
「十年ぶり?」
ヤオは、その言葉に引っ掛かりを覚えた。
「ええ。しかし移民を希望なら、何時でも歓迎しよう」
だが、そんなことをセキュリティ社員に言われながら、彼女達は詰め所を後にする。徳カリプス後の世界では人的資本は何よりも貴重だ。技術と資産があろうとも、人間だけは急には増やせない。
……例外は幾らかはあるが、少なくとも今の世界では割に合わない。
「貴方には、素質があるようですから」
そして……その中でもとりわけ、彼女は特別だった。だから、見送りの社員はそう口にする。この少女には、この徳無き世界で戦うための才がある。
セキュリティ社員の手元には、ヤオの生体情報ファイルがあった。これから『本社』への転送作業を行うためだ。そこに記されているのは顔写真と、殆ど空欄のプロフィール。性別、血液型、遺伝的特徴。それらが記載されたシートの最後の備考欄には。
『解脱耐性者』の文字が記されていた。
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ブッシャリオンTips 解脱耐性者
徳エネルギー兵器による解脱に対してある程度の耐性を持つ人間。得度兵器との戦いに於いては貴重な人材である。『船団』では徳エネルギー研究や『J計画』における人体改造の蓄積から、遺伝子検査による判別法がある程度確立されている模様。
徳カリプス、そしてその後の得度兵器の跳梁という二重の選別の結果、現在生存している人類の一定割合が類似の性質を持つとも考えられ、各地で似たような呼ばれ方をする者は居るが、情報共有の欠如から語彙として厳密な共通化が行われているわけではなく、耐性のレベルも様々である。
理論上、徳カリプスの直撃レベルの徳エネルギーを受けても『全く解脱しない人間』も有り得ない訳ではないが、現在のところ発見されてはいない。
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