第一七三話「再誕」Side:マロ
外界と隔てられた、徳エネルギーの巨大な結界の中で。戦いと異変は進行していた。
「……『門』が、一時的に逆流してるでおじゃる」
『マロ』は、考察の結果を静かに告げる。
「それで、どうなる?」
「簡単でおじゃるよ。というよりも、発想が逆でおじゃった。いや、相対的には同じでおじゃるが。つまり、麿達が解脱するのではなく……」
ニシムラは、息を呑む。眼前の理解不能な事象を説明できる人間は、もう目の前の変態しか居ないのだ。
「此処が、浄土になるでおじゃる」
「なんてことだ」
解放された膨大な徳エネルギーが、何処かから与えられた情報、設計図によって形を成している。それがこの世の誰かの願いで無いのなら。それは、世界そのものを書き換える出来事だ。
この徳エネルギーで満ちた巨大なフラスコの中が、そっくり異界になろうとしているのなら。浄土が、自分からやって来るというのなら。
「問題は……これが、設計者の意図した機能なのか、という点でおじゃるな」
「こんなものを、意図する奴が居るのか!?」
「居ないなら、止めようとする筈でおじゃる」
得度兵器は、人類総解脱が目的の筈だ。全ての人類を徳エネルギーの加護によって浄土へ導き、救済を完遂することが使命の筈だ。だが、これはその目的からは外れている。田中ブッダの思惑とも。
……『マロ』の知る田中ブッダの目的は、人類を駆逐し、この星を機械達に明け渡すことだ。
田中ブッダの弟子を名乗るチベットの高僧から以前聞いた話が正しければ。両者の目的は、その過程に於いて一致を見ている。
「救済の力を手に入れた得度兵器の暴走……いや、『変質』でおじゃるか」
『マロ』は呟く。『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。』
古い言葉だが、それもまた一つの真理だ。果たしてそんなことが有り得るのか。気になるのは確かだが、生憎人工知能の心理研究など、彼の専門外だ。
「悠長な事を言っている場合か!」
ニシムラが食って掛かる。だが、『マロ』は既に落ち着きを取り戻していた。
「場合でおじゃるよ。対処法は最初から一つでおじゃる。タイプ・シャカニョライを自爆させて、
「それはそうだが……」
それに。勝算と言える程ではないが、『打算』もある。既に現状は、恐らく得度兵器にとってすら未知の要因が積み重ねっている状態の筈だ。
徳島の時、得度兵器は一旦退いた。
得度兵器は、合理的だ。
だからチキンレースならば勝ち目がある。「危険を冒す」一発勝負の博打ならば。
……ただでさえ、あの超巨大得度兵器には膨大なリソースが注がれている筈。代替可能であっても、決して損害は無視できまい。
それを賭け金にしてまで突き進むだけの理由が、得度兵器にあるのか。『マロ』は無いと考えた。だが、真実はどうか。
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湖面の光が朧げなシルエットを結ぶ。何かがこの世界に姿を現そうとしている。
だがそれすらも、どうでもいいことだ。
「……予定より遅れましたが、フィールドジェネレータ至近でタイプ・シャカニョライを起爆します」
『アタケ』は、部下に指示を出す。あの胡散臭い専門家の意見によれば。
タイプ・シャカニョライは膨大な徳エネルギーを満載している。その機体が至近距離で
つまり……直接損傷を与えられなくとも、行動不能には追い込める。
想定したよりも、楽な戦いだ。その筈だった。だがその、目論見は。一瞬にして打ち破られる。
「目標に、高エネルギー反応!」
部下が叫ぶ。
「何が起きてるんですかねェ!」
「タイプ・シャカニョライが攻撃を受けています!」
巨大得度兵器の装甲の隙間が、開いている。その背後に、蓮の花めいた形状の天を衝く光背が浮かび上がっている。
光の中に。タイプ・ジゾウの最大出力射撃と同様の
虚空の中に生まれた光が、絡まり、形を為しはじめる。もはや人類の手から離れた力の姿が、地上の太陽の如き輝きを以って衆生を照らしはじめる。
得度兵器は、決断したのだ。
これ以上の不測の事態を防ぐために、己の片手を切り落とすことを。タイプ・シャカニョライを破壊することを。
それさえ排除すれば、状況は遥かに簡単になる。巨大得度兵器を破壊されるリスクを冒すことなく、状況の観察に専念できる。実際の利害判断は、そこまで単純ではないが。
「急上昇です!今すぐ!」
『アタケ』は部下を突き飛ばし、機体の操縦桿を奪い取る。不可視の機体は、通信ライン確保のためにタイプ・シャカニョライの直近に居る。余波を受ければ只では済まない。
ステルス機が上昇を始めた直後、膨大な数の光の柱が、仏へ向かって降り注いだ。
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ブッシャリオンTips エネルギー兵器
ブッシャリオン世界で「エネルギー兵器」と呼ばれているものは、概ね加粒子砲の類である。得度兵器はブッシャリオンを加速することで徳エネルギービームを発射しているが、例えば加速する粒子を少量の反物質とすることで対象への破壊力を持たせられる。
加速対象の粒子を格子状の構造に閉じ込めることで、電気的に中性な物質であっても加速することが可能であるらしい。これらも全ては徳エネルギー炉心の膨大な出力によって可能となるシステムであり、得度兵器の大型化の一因となっている。
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