第一七二話「望まぬ来訪者」Side:エミリア
その頃。船団の周囲の海から、『防壁』が浮上する。フィールド中和器。徳エネルギーの侵食に備えた仮の砦だ。
ミロクMk-Ⅴのフィールドは此処までは『まだ』及んでいない。だが、その『内側』との連絡は既に途絶えている。
「……『前回』と同じか」
物憂げに、銀髪の少女は寝返りをうつ。
もう、『外』から出来ることは何も無い。通信も途絶えた。超巨大得度兵器を行動不能に追い込めれば良し。そうでなければ、次の策を講ずる必要がある。
だが、旧近畿の得度兵器勢力は一時的に激しく低下している。
「この一手さえ、凌げば」
船団は陸上に拠点を築くことが出来る。今の彼女には祈ることしか出来ない。
だが、何に祈るのか。仏の形が跳梁する世界で。嘗て神を暴き尽くし、貶めた当人達が何に祈ればよいのか。
「人は、何かに縋る生き物だ」
彼女は人たれと望まれた。その繁栄を担わされた。その成否は、決しようとしている。誰にも邪魔はさせない。人にも、機械にも、神仏にさえも。
『こんにちは~~』
間の抜けた声が、少女の思考を妨げた。外からの連絡は、此処へ直接は繋がらがない筈。ただ、例外があるとすれば一つ。旧トリニティ・ユニオンの重役専用回線。彼女と同格か、それ以上の人間からの通信。
『お元気かしら~~』
なのだが。そうと言うには余りにも間の抜けた女性の声が響く。
「……そちらは、元気そうだな。『茨姫』」
現在のトリニティ・ユニオンの名代。空の彼方に浮かぶ、茨の城に住まう姫。
『そうでもないけれど。折角だし、お顔が見たいわ~~』
エミリアが宙で手を振り回すと、柔和そうな女性のホログラムが宙に現れる。ヒラヒラとしたドレスと、長いスカート。左腕には、何故か粗末な腕輪。
そして彼女と同じ、銀の髪。本当に、忌々しい。
「こちらは現在、取り込み中故。要件があるならば手短に」
更に忌々しいことに。何故、このタイミングで彼女が出てくるのか。
『見た目は全然変わらないけれど、頑張ってるのね~~いい子いい子』
『茨姫』は笑顔を崩さない。いや、そういう風には出来ていないのか。この正真正銘の『化物』は。
「要件は、手短に願いたい。あの男は居らぬのか?」
『今は、ちょっと居ないのよ~~』
大抵の人間は手玉に取れる対人技能を持つ彼女だが、この女だけは苦手だ。話していると苛々する。『第二位』の方がまだマシだ。
『ああ、それでお話なんだけど~~『少し、計画を変更します』って』
「誰が?」
『誰だったかしら~~というより、『誰』と呼べばいいのかしら?『それ』と呼べばいいのかしら?呼ぶべきではないのかしら?』
「……『それ』」
茨姫の言葉は、要領を得ない。彼女は、元からそうなのだ。だが、悲しいことに彼女は全能だ。そう願われて、作られたものだ。そう在り続けるものだ。人とは交わらぬものだ。
だからこそ、ただの人間と会話をするには焦点が外れる。在り方そのものが一個の人間とも、機械の如き集合知性とも異なっているのだ。『茨姫』が何を知って何を知らぬのかは、彼女にしか分からない。その高みで、何を目指しているのかも。
だが、少なくとも彼女は。この十五年、何ら動きを見せなかった。全能を持ちながら。『何でも出来る』というのに、何もしなかった。人を救おうとも、滅ぼそうともしなかった。ただ世界を眺めていた。
だからエミリアは、ただ単純に彼女が嫌いだ。世界を滅ぼさんとする者達よりも、尚嫌悪する。だが好悪を判断に与させる程、彼女は耄碌はしていない。
『用事は、それだけです~~エミリアちゃんは、お友達だから特別~~』
「友達、か」
そんなことを口にする時点で、『茨姫』の在り方は歪だ。強大な力を持つ人間は孤独だ。否、孤独であらねば、システムが歪む。
だが、あれをそもそも作り出したのは。エミリア達自身に他ならないのだ。
『J計画』。その先にあったもの。嘗ての欧州の総代が何を考えていたかなど、彼女には知る由もないことなのだが。
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「楽しかったわ~~」
遥か高空で、『茨姫』は満足げに微笑む。下界に触れる機会は彼女にとって貴重なものだ。
彼女は此処から動けない。『第二位』のような端末を使っても、それは生の経験とは程遠い。『情報量』が違いすぎるのだ。人の姿を借りるだけでも、世界はモザイクの如き
見目麗しい女性の姿を取った彼女のスカートの下からは、以前と変わらぬ尻尾のような肉の管が伸びている。それは部屋を出て、壁に入り込み、『エリュシオン』の遥か中枢へと続いている。人のかたちに形成された端末は、彼女のほんの一部に過ぎない。
その果には、ビル程もある巨大な水槽がある。
水槽の中にあるのは、巨大な肉塊だ。それは蠢きながら、所々が発光している。巨大な肉と光回路の塊。人が神域に挑んだ果て。
トリニティ・ユニオン第一位。またの名を、『茨姫』。或いは『常夜の女帝』。
『彼女』の
人でなく。機械でもなく。機械よりも賢く、不死よりも孤独で、人よりも恐ろしいもの。『彼女』は、微睡みの中で微かに微笑んだ。体中に付いた眼のような器官が、一斉に細まった。
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ブッシャリオンTips J計画(Lv.1)
モデル・クーカイ開発のための技術をスピンアウトした『ユーロ』の計画の秘匿名称。Jは技術の出元である日本(japan)に由来すると言われる。主として人格調整等によって『奇跡』を扱える聖人の人工的な製造を目的としていたとされるが、詳細は不明。
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