第164話「顕現」Side:『マロ』

 琵琶湖の畔には、雨が降っていた。核攻撃によって掻き乱された空の降らす、天地を返したような豪雨の中で。彼等は静かに息を潜めていた。

「……あれで、やられたと思うか?」

「わからんでおじゃる。ただ……」

 『マロ』と部隊長は機内でレーションを齧っている。これが最後の晩餐かもしれない。

「原型を留めている可能性は、かなり高いでおじゃる」

 瀬戸内のタイプ・シャカニョライを思い出し、彼は呟く。艦隊との交戦と自爆特攻を経ても、少なくとも機体に外的な損傷は殆ど見られなかった。超巨大得度兵器が、もしあの水準レベルで建造されているなら。核の直撃をといえども機能を停止させるまでには至るまい。

「滅入りそうな話だ」

「で、おじゃるな……まぁ、外にだけは出ないほうがいいでおじゃる」

 ニシムラの部下達も、交代で休息を取りながら周辺の観測や機体のチェックを行っている。

「動力部の損傷率、3割強。飛べます」

「翼の塗装が一部剥離。性能の低下は免れないかと」

 相手方がどうであろうと、少なくともこちらは無傷とは行かなかった。機体は爆発で吹き飛ばされた微細な粉塵や湖水を被っている。

「……観測が完了次第、帰投する」

 外の様子は、未だ判然としない。だが、最早これ以上の調査は望めないだろう。

(麿達も、多分囮だったんでおじゃろうなぁ)

 『マロ』は、声にこそ出さないが心中でそう呟く。あの『第三位』を完全に信用するのは、やはり危険過ぎる。

 ただ、核攻撃の前までに収集したキョートの観測データだけでも、彼の理論が大いに前進することだけは確かだった。

「多分、『門』……なんでおじゃるが」

 湖底の発光現象は、連続的な解脱現象の筈だ。攻撃によってそれに何が起こったかは、残念ながら情報不足だが。

「それについては、追々考えるでおじゃる」

 今、彼が気にするのは巨大な得度兵器。稼動すれば西日本一円を覆うであろう解脱機械ブッダ・エクス・マキナ。だが、『マロ』が考えているのは、それを止める方法ではなかった。

「……何かが、ズレてるでおじゃる」

 一連の得度兵器の思惑の裏に居るのは、確かに田中ブッダである筈だ。しかし、気がする。

 今までの得度の戦略からかけ離れた、巨大な機体といい。この琵琶湖からの一連の出来事は、何か、誰か別の思惑が働いている気がする。

 時間だけは、まだ幸いにして残されている。『マロ』は手慰みに、端末で数式を弄くりまわす。

「周辺環境の徳エネルギー濃度は、近似式に代入して11.8GTaギガタナカ……変換効率を仮定して、フィールド半径は……」

 あの巨大得度兵器が発生させるフィールドの半径を推定しているのだ。

「いかんでおじゃるな。桁を一個間違えてたでおじゃ……?」

 その、結果を見て。『マロ』の手は止まった。大雑把な計算のミスが見つかった。それはいい。だが、それを修正すると。予測されるフィールド半径の桁が一つ大きくなった。

「1000km……?」

 出てきた値が、明らかにおかしい。日本の拠点で使うなら、こんな規模は必要ない。

「まぁ、これも後でゆっくり検算するでおじゃるか……」

 どうせ、何処かに別の間違いがあるのだろうと。そう考えて、『マロ』は端末の画面を消した。しかし、心の中の違和感は消えなかった。

 焼け野原となった古都に降り注ぐ雨は、まだ止まない。

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 雲の晴れ間から差し込む光が湖上に佇む巨仏を照らし出す。タイプ・ミロクMk-Ⅴは足下の地を抉られ、少し傾いた姿で琵琶湖に突き刺さっていた。表面は痛々しく焼け爛れ、所々にひび割れが生じている。技術の粋を集めた得度兵器と言えど、純粋な破壊の暴威の前では無傷ではいられない。

 その外皮が少しずつ割れ、剥がれ落ちていく。

 得度兵器の外殻は、今やロストテックとなった高度機能性材料で覆われている。構造レベルの欠陥を自己修復する素材は、マクロレベルで見れば、一種の新陳代謝を引き起こすことがある。

 タイプ・ミロクの内側から、所々に金色の新たな外皮が姿を現す。機能を喪失した部材を脱ぎ捨て、表面構造を再構築したのだ。

 それは即ち、ダメージコントロールが正常に機能している証。内側に損傷の及んでいないであろう証拠でもある。

 雲の谷間から差し込む光が金色の機体に斑に反射し、今尚荒れる湖面に仏の姿を映し出す。おぼろげに映るそのシルエットは、今はただ静かに巨大な後光を纏っていた。



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ブッシャリオンTips 1Taタナカ

 空間に分布する徳エネルギー量の指標。旧世代の徳ジェネレータ内部における徳エネルギー密度を基準としているため、現行ジェネレータ内部や徳カリプス後の高濃度功徳汚染地帯ではkキロGギガのオーダーになることも多い。

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