第162話「第三の火」

「姿を見せた、と?」

 エミリアは部下達に確認し、通信を切った。

 来るべき時は来た。予兆は、幾つもあった。

「徳島のパイプライン寸断からの反応が早すぎた」

 得度兵器がに膨大なリソースを投じていることは、そこから容易に想像がついた。

「海上に、ただ新型をのも不自然だった」

 恐らくは囮。不具合を抱えた徳エネルギーフィールドを使わず、こちらの動きを制限し、更に『本命』から目を逸らすための。

「一番疑わしいのは、京都だった」

 徳カリプスの爆心地。膨大な徳エネルギーの塊を抱えておきながら、何故徳島の徳エネルギー源までを欲したのか。真っ当に考えるなら。其処で、何かをしているからに他ならぬ。

 だから『マロ』達を差し向けた。情報が集まればそれで良し。そうでなくとも囮にはなる。だが今から京都の得度兵器を叩こうにも、琵琶湖に攻め入るだけの通常戦力はない。海上艦隊は、先の戦いによる損耗を回復できていない。航空戦力も心許ない。


 そう、

 彼女にはまだ、切札が残されている。徳エネルギーは嘗て、第五の火と呼ばれた時代がある。そして人類が手にした第一から第五の火までの中で。ただ一つ、兵器として特筆すべきものがある。

 『第三の火』。核兵器。

 旧き三帝連合ユニオンがどれ程強大であろうと。それは企業体が行使すべき範疇にない力であった。嘗て世界をその畏怖で組み敷き、大国間の全面衝突を防いだ力。人類が総意で以って、廃絶を決意したの武力。

 それでも何故かそれは、彼女の手に残されている。徳エネルギーの齎した平和の世界にあって。支配者達が最後の最後まで捨て去ることのできなかった暴力装置。人の業の証。

「力とは、使うべき時に使うもの」

 だから彼女は、その封を解く。再び、人の時代を取り戻す為に。今やこれはただの、力の一つだ。

 彼女の前には小さな箱がある。そのシステムが『フットボール』と呼ばれた時代があることを、彼女は知らない。手には古の物理鍵と、発動コードの刻まれたカード。

 黴の生えた遺物に相応しい、黴の生えた儀式手順に従い、彼女は箱を開き、鍵をねじ込み。そして少しの感慨もなく、「11111111」の8桁のパスコードを打ち込む。

 それで、儀式は終わりだった。

「……直ぐに離れよ」

 再び通信を繋ぎ、彼女は部下に退避命令と作戦コードを告げる。

 そうして第三位は、エミリア・プシェミスルは。何事も無かったかのように椅子に身体を横たえる。

 彼女が浅い眠りに就いた頃。海上に巨体を浮かべる『エリュシオン』から、純粋水爆を搭載した三発の非マニ化超音速ステルス巡航ミサイルが放たれた。琵琶湖に浮かぶタイプ・ミロクを目掛けて。


--------------

「退避命令でおじゃるか!?」

「『エリュシオン』から攻撃が来る。目標から距離を取れ!」

「了解!」

 ニシムラは部下に退避を命令する。既に安全距離は確保しているが、それで足りる保証は無い。

ニシムラは、機体の座席の下からマニュアルを引き出し開封する。

「何をする気でおじゃ……まさか」

 マニュアルの表紙を見て、『マロ』は事態を察した。

 それは、核戦争を想定したマニュアルだ。不死者である彼だけは。この世界でただ一人、核の時代を知っている。

「……そんな骨董品を今でも持っていたでおじゃるか」

「距離を取った後、一端着陸して衝撃波をやり過ごす。ポイントの選定を急げ」

「結局、そうなるでおじゃるか」

 『マロ』は呟く。確かに。人類が死力を尽くすならば、当然の帰結としてだろう。人の歴史は、戦争の歴史だ。

 たかが百年程度、徳エネルギーの力によってそれを忘れていたとて。手に付いた血も、築いた屍も。無かったことになどなりはしない。

 核攻撃への対応を急ぐ隊員達の目に、最早『マロ』は映っていない。

「他の得度兵器、確認できません」

「湖底に潜伏している可能性もある。目を離すな」

 徐々に機体の高度が下がっていく。荒れ果てた湖岸の様子が、モニタ越しとはいえ、より詳細に彼の目に入るようになる。その地形に、彼の何時かの記憶が引っ掛かりを覚えた。

「……見覚えあるような、無いような」

 其処は、嘗ては京の端の一部だった。だがそれはもう、誰にも関わりの無い過去だろう。変わり行くこの世界の誰にも、彼自身にさえも。



 『マロ』達の乗る機体が、湖の畔の高台に着陸した頃。低空を縫うように飛ぶ三発の巡航ミサイルが、其々異なる軌道からタイプ・ミロクMk-Ⅴを目掛け殺到する。その軌跡はまるで、生き物の腕のように巨大な目標を絡め取る。

 タイプ・ミロクの周囲三箇所で、目も眩むような閃光と共に球形の爆発が起こった。その火球は瞬く間に拡大し、一つの巨大な炎の玉となる。

 膨大な熱量は膨大な大気と、湖水の蒸発した水蒸気を押し上げ、層状の雲を形作る。『マロ』達の乗る機体が、遅れてきた衝撃波で激しく揺さぶられる。

 彼等はただ床に蹲って、祈るようにその時が過ぎ去るのを待っていた。

「……これは、何処か壊れたかもしれんな」

 ニシムラが、そう呟く。機体のステルス性が損なわれれば、帰路はより困難なものとなろう。あの得度兵器が、この爆発を生き延びていればの話だが。

 核兵器とは、即ち核反応の膨大な熱エネルギーと衝撃波によって破壊を行う兵器だ。電磁波や放射線による間接効果も存在するが、得度兵器相手では望めまい。

 徳エネルギーの塊に、膨大な熱量を撃ち込んだ時、何が起こるか。それは『マロ』ですら知らぬことだ。


 まして、この京都には膨大な徳エネルギーによって開かれた『門』がある。二つの火の衝突が何を引き起こすのか。それは、間もなく彼等の知るところとなる。


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ブッシャリオンTips 核兵器

 人類史の系譜上、一時は世界からほぼ全廃された核兵器であるが、人類の宇宙進出に伴い平和利用のために再び脚光を浴びることとなる。作中で使用されたのは純粋水爆と呼ばれる種類のもので、起爆剤に放射性重金属を使用せず、放射性降下物フォールアウト等の二次被害を比較的引き起こし辛い性質を持つ。

 過去の人類が核兵器以上の兵器を持たなかった訳ではないが、それは即ち惑星自体の環境すら破壊しうるものだった(例えば、DDDの炉心は木星圏に重大な重力災害を引き起こしている)。結局のところ、「大気圏下で使用可能な破壊兵器」としては原水爆の類が人類の限界だったようである。

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