間章

第125話「マニファクチュア」

 同日同刻。瀬戸内海。『エリュシオン』二番機機上。


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 白塗り顔の男は、御簾の奥の貴人と変わらず相対していた。男の手には『修正功徳情報理論』と書かれた紙束。そして、火の点いたライター。

「我等は、その程度で揺らぎはせぬが……そも、そちに命じた仕事はどうなった?」

 御簾の奥から、少女の声が響く。旧トリニティ・ユニオン。序列第三位、エミリア・プシェミスル。数多の肉体を人工的に乗り換え、生を継続する者。今は、嘗ての組織を棄て、海上に構築された都市、通称「船団」の長として君臨している。

「ああ、それならもう……終わっているでおじゃる」

 それに応える、白塗り顔で狩衣を纏った四十絡みの男。同じく不死者。彼は数多の名と生とを生きてきたが、仮に今は、『マロ』としよう。

「ならば、申してみよ。為すべきを為さぬ者の言葉を聞く耳は、持っておらぬ」

「仕方無いでおじゃるなぁ……」

 『マロ』は今、故あって御簾の奥の少女に軟禁されている。ひとまず彼はライターを置き、紙束を懐へと戻した。護衛達の殺気立った空気が、僅かだが緩む。

 御簾の奥の少女は、権謀術数の怪物だ。元より、自暴自棄めいた方法でやり合えるとは思っていない。先程までの行動は、ただの『意思表示』。言ってみれば、意趣返しの類だ。

「徳エネルギーフィールドの対策でおじゃったな」

 『マロ』は、代わりに取り出した笏型端末の書類カンペを読み上げる。

 徳エネルギーフィールド。得度兵器……未だ瀬戸内に不気味に鎮座するタイプ・シャカニョライの持つ、新兵装。その効果は、効果範囲内の功徳を強制的に徳エネルギーへと変換し、解脱させるものだ。そして……その際、幾つかの副次効果を発生させることが『マロ』と船団の調査で判明している。

「徳エネルギーフィールド自体に関する対策。これはやはり、同質のフィールド間の斥力で押し返すより他に無いでおじゃるな」

 先の、タイプ・シャカニョライ起動時に試みた方法だ。有効だが、そもそも出力が追い付かない。フィールドが広ければ可能だが、展開領域を絞られれば無意味だ。

「続けよ」

 御簾の奥の少女は、続きを促す。

「そして、第一の副次効果。徳エネルギー機関の停止。これは、現状、回避する手段は無いでおじゃる」

 そしてフィールド内の徳エネルギー機関は、同質のフィールド同士の干渉によって停止する。

「遮蔽を強化すれば可能性はあるでおじゃるが、多分無駄でおじゃる」

 ここまでに、目新しい情報は無い。それは、双方ともに承知している。要点を整理したに過ぎない。問題は、ここから先だ。

「第二の副次効果。徳ジェネレータ以外の動力機関……いや、の停止、でおじゃるな」

 先の戦闘で船団の手持ちの戦力を無力化せしめた、動力喪失現象。

「これは、対策可能でおじゃる」

「……真か?」

 御簾の奥の声に。微かに動揺が見られる。それは即ち、徳エネルギーフィールド内での活動を可能にするということ。もしもそれが可能ならば、得度兵器に対しても取り得る策は遥かに増える。

「というより、あの時、ミサイルの一発でも撃ち込んでみるべきだったでおじゃるな。ああ……持っていれば、の話でおじゃるが」

 『マロ』がゆっくりと懐から取り出したのは、何処にでもある小さな軸受けベアリングだった。

「これが、原因でおじゃるよ」

 もしも、徳エネルギー時代以前に生まれた者であれば、そのベアリングのに気付くことが出来ただろう。

 ベアリングの稼動部表面には、びっしりと経文が刻み込まれていた。この部品自体が一種のマニ車と化しているのだ。

「……マニ加工、か」

 『マロ』は頷く。

 マニ加工。経文付加によって、部品単位で功徳を高める加工の総称。

 エンジン。タイヤ。プロペラ。ダービン。モーター。シャフト。歯車。物理記録媒体。今、この世界にある、あらゆる部品コンポーネントには、通常、このようなマニ加工が施されている。

 言わば、それらのマニ加工品マニファクチュアこそが問題の中心なのだ。

 これらのマニ加工品は通常、回転を功徳へと変換するが……徳を強制的に徳エネルギーへと変換するフィールドの中では、その作用が変化することを、彼は発見した。

「つまり功徳と紐付いた回転エネルギーを、徳エネルギーとして『吸われる』でおじゃる」

「つまり、部品からマニ加工を除去すれば、影響は回避できると?」

「理論上、そうでおじゃるが……完全除去は難しいでおじゃろうなぁ……」

 何しろ、事は部品の一つ二つでは済まないのだ。複雑な機械製品ともなれば、数百、数千もの部品からマニ車を除去し、設計を変更し、代用品を検討しなければならない。とても、現実的とは言い難い。

 得度兵器が二足歩行や人型、生物型に拘っているのも、もしかすると稼働部に可能な限り回転部品を使わないためであるのかもしれない。

「……いや、だが、これは……検証は、済んでおるか?」

 その事実に、エミリアは問いを投げる。これは、確かな話なのか、と。当然のだ。対策に費やされるリソースは膨大だ。軽々に動くわけにいは行くまい。

 だが、それだけならば。その声の微かな震えを、説明することは叶わない。

「大掛かりな検証はまだでおじゃる。大型の徳ジェネレータでもあれば、検証できるでおじゃるが……」

 彼女も、気付いたのだ。この仮説の先にある事実の、恐ろしさに。


 このパラダイムシフトの、本当の意味に。


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平安貴族Tips 笏

 古来より国を問わず高貴な身分の者が手に持つ物体。象牙製と木製(くぬぎ製)があり、儀式の際のカンペとして使われることもある。

 『マロ』はキャラ作りの一環として、この形状に似せた端末を愛用している。裏面は櫟仕上げだが、かなり丈夫にできており、癇癪を起こして地面に打ち付けても画面が割れることはない。

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