第85話「幻影艦隊」

 多重回転翼を持った大型UAV。飛ぶ姿はさながら蓮の花のように見えるそれは、『マロ』の所有する機体である。

 その飛行体は今まさにパイプラインに沿うよう飛行し、『マロ』とヤオの下へ映像を送り届けていた。

「……陸上ルートの復旧は、やはり無理そうでおじゃるな」

「……うん」

 映し出されるは、徳カリプスの災禍の跡。破壊された吊橋の残骸。原型こそ留めているものの、放棄されてから長い時間が経ったであろう道路や家々の姿。

 文明がまだ形を留めている分、この場所の被害は少ないと言えるだろう。大地がガラス化する程の高徳エネルギー放射に晒された徳島。そして……地形が変わってしまう程の被害を被り、水の底へと沈んだ、に比べれば。

 空からの偵察を行うついでに、『マロ』達は島の外の徳カリプスの被害状況の確認をも行っているのだ。

「……ちょっと面白そう」

「駄目でおじゃる。衛星測位が使いものにならない以上、操縦はデリケートでおじゃる」

 操縦桿を握る『マロ』の手に汗が滲みはじめる。敵に撃墜されるならばまだしも、自分で墜落させてはどうしようもない。

「……もうそろそろ、淡路島を抜けるでおじゃる」

 陸地は終わり、パイプラインは再び海中へと潜る。明石海峡を渡る、第二の橋の残骸。

 破断した通行路にケーブルが絡まり、海岸に打ち上げられている様を横目に見ながら、蓮の花に似た形のドローンは飛ぶ。この先はもう、機械達の領域だ。何が起きても不思議は無い。

 そして……

「これは、なに」

 ヤオは操縦画面の一点を指差す。何かが、海上に浮かんでいる。

「……ちょっとズームするでおじゃる」

 機体制御を自動に切り替え、カメラを弄りはじめる『マロ』。そこに映し出されたのは、数隻の船だった。

「……これが、得度兵器?」

「では、ないようでおじゃるな」

 あれは、得度兵器の海上侵攻部隊『ではない』。

 

「……なら、あれは何なの?」

「……戦闘艦で、おじゃるよ」

「せんとう……かん?」

 数隻の船には、全て武装が施されている。ヤオが知らぬのも無理はない。徳カリプス後の生まれだろうと、そうで無かろうと。今を生きる人類の大半が、過去の彼方へと置き去りにしたもの。

 あれは、戦争の道具だ。

「人が動かす、戦うための船でおじゃる」

「ここ以外にも、まだちゃんと人が居るんだ……」

「人が居るからといって、仲良く出来るとは限らんでおじゃる」

 そう言いながらも、『マロ』は考え込む。人と人との争い。日常レベルの喧嘩や諍いならば兎も角、組織立った人と人との殺し合い。そんなものは、とうに人類は忘れ去っていた。

 だが、そのための道具は、確かに目の前にあった。誰かが、それを復活させたのだ。恐らくは、得度兵器達と戦うために。

 だが……それが、同じ人類相手に振るわれないと、果たして誰が言い切れるのか。

「相手の戦力を、完全に見誤っていたでおじゃる」

 『マロ』は考える。戦略面での修正が必要だ。あの艦隊を運用する人々は、恐らく得度兵器を牽制しているつもりなのだろうが……余りにも、危うすぎる。

「……パイプラインは?」

「そうでおじゃった。今のところ、異常はない様子でおじゃるが……」

 そして。二人は、忘れていた。というよりも、意識していなかった。

 今見ている相手が、同じ人間であることを。


-----------

 二人の見つめる船の上。

「無人偵察機1。接近中とのことです」

「飛行経路からして、機械どもの手駒ではない、か……」

 つまりは、徳島の人間が飛ばしたものである、と考えるのだ妥当だ。

「ただの徳ボケ連中ではないようだな」

 『セミマル三世』の艦橋で、船長は呟く。

「撃ち落としますか?」

「構わん、放っておけ……連中には、我々の戦いを存分に見て貰うとしよう」

 本来ならば、得度兵器が警戒ラインを超えた時点で、戦端は開かれる予定だった。だが……向こうから見に来るというのは、話は別だ。

「戦闘の主導権を捨てることはあるまい。予定よりも早いが、作戦を第二段階へシフトする。全責任は私が取る」

 第二段階。得度兵器の侵攻の誘発。それを確実に行う手段を、彼等は持っていた。

「……彼だけに、重荷を背負わせる訳には行かんからな」

 船長は部下へ聞こえぬように呟く。


 そして。海中の幾つかの点で、小さな水柱が立ち上る。それらは全て、パイプラインの線上。パイプラインの物理的寸断。それこそが、彼等の準備した、得度兵器の侵攻を最も確実に誘発する手段。

 モニタを見つめる二人の目の前で、海底徳エネルギーパイプラインは爆破された。

「……何が、あったの?」

「…………」

 少女は不死者に問う。だが、彼は答える術を持たない。

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