第86話「渡海侵攻」
「何百年経とうと……人は、人のままでおじゃる」
長い沈黙の後。『マロ』は口を開いた。それは、諦観であり。無常であり。平安の終わりであった。
モニタ上に見える艦隊は、まだ沈黙を保っている。得度兵器を燻り出す積もりなのか。それとも、反撃を恐れてのことなのかは定かではない。
幾つもの砲塔が百足の足の如く蠢き、陸上を指向する。
そして。対岸の海中から、幾つもの大きな
徳エネルギーの供給がパイプラインごと途絶した今、持久策は不利と判断したのだろうか。得度兵器側には戦闘の理由はあるまい。少なくともメリットが無い。だが、自らに危害を及ぼす
タイプ・マカラの船体前方の鼻のような部位から、桃色の徳エネルギー兵器の光条が放たれる。
船上で解脱者が発生すれば、その解脱エネルギーは船体を容易く溶解させるだろう。故に、これは牽制だ。得度兵器達は未だ、人類を『殺してしまう』ことを極力避けようとしている。
解脱の光条は、艦隊をギリギリのところで掠め、海面へと吸い込まれていく。
「全艦、応射開始。数を減らせ」
艦隊は得度兵器側の攻撃に反応し、反撃を開始。艦載徳ジェネレータから供給された徳エネルギーをマニタービンが電力へと変換し、その膨大な電力がレールガンへと注ぎ込まれる。大気をプラズマ化させ、煙と炎を撒き散らしながら、電磁力によって加速された弾体が得度兵器達を目掛けて飛翔する。
だが、その照準精度は決して優れてはいない。砲弾の多くは海へと吸い込まれ、水飛沫を上げる。そして、数秒ほどの間隔を開けながら、砲は再び炎を吹く。
……そうするうち。一発の砲弾が、タイプ・マカラの船体へと直撃した。海賊達が歓声を上げる。この戦いにおける、人類側の初めての戦果である。
砲弾の直撃を受けたタイプ・マカラは、後方へと下がっていく。
人類が十余年の間に蓄えた戦力は、確かに得度兵器に通用することが示された。だが海賊達は、この拠点に属する得度兵器全てを破壊する積もりは毛頭ない。あくまで、数を間引き、徳島直前の防衛戦で阻止を容易にするのが目的である。
電磁加速質量弾と徳エネルギー兵器が交錯する戦場。それは正しく、アフター徳カリプス世界の縮図とすら呼びうる光景であった。
……幾度かの撃ち合いの結果。海賊達は数隻のタイプ・マカラを撤退へ追い込んだ。対して、彼等の側の損害は皆無。しかし、彼等はそこで攻撃の手を止めた。
レールガンの砲身寿命。そして……徳エネルギーの欠乏。それが、彼等が攻撃を止めた理由であった。破壊行為へ徳エネルギーを使用した場合、その消耗は善行に使用した場合に比べ等比級数的に拡大する。正にそれこそが、嘗て徳エネルギーを得た人類が戦争を放棄した理由であった。
まして、船団が徳エネルギー源としているのは高僧などではない。破戒僧ではないにしろ、大僧正にも阿闍梨にも遠く及ばぬ者達だ。攻勢限界点は自ずと早く訪れる。
砲撃の手を止めた艦隊は、代わりに海中へ何かを投げ込み始めた。それは、円筒形の形をした物体だった。機雷である。
機雷によって港を封鎖して得度兵器の追撃を押さえ、その間に艦隊は撤退する手筈のようだ。
だが、それをカメラ越しに見つめる『マロ』は、
「……不味いでおじゃるな」
そう、小さく呟く。
「……どうして?」
膝の上でヤオが問いかける。その表情は複雑そうだ。
戦況は、一見して海賊達の思う通りに進んでいるかのように見える。
だが……相手は、そもそも人間ではない、隔絶した戦力差のある存在だ。
「……多分そろそろ、得度兵器の『手加減』が外れるでおじゃる」
機械達は事実、戦ってすらいなかった。彼等はただ、目の前に居る衆生を、救おうとしただけだった。
……最初に気付いたのは、海賊達だった。
水面に、誰かが佇んでいる。いや、『何か』が佇んでいる。
それは、確かに水の上を歩いていた。人の数十倍の大きさの巨大な仏像が、水上を歩行しているのだ。
「……なんだ、あれは」
誰ともなく、そう口にする。それは、あまりにも隔絶した技術の産物。
そして、紛れも無い救済の姿であった。
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ブッシャリオンTips タイプ・マカラ
水中型得度兵器。機械達の海中輸送の要。申し訳程度の徳エネルギー兵器を搭載しているが、解脱行動に直接参加することは殆ど無い。サイズは巨大であるものの速力や戦闘力は決して高くはなく、生き残りの人類に逆に襲われることもある程である。
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