第83話「思惑」

「で、『マロ』さんは何をしてるの?」

「犯人が使っている連絡手段を割り出してるでおじゃる」

 『マロ』の作った煎餅を咥えながら尋ねるヤオ。

「向こうがしてきたのと、同じことをやり返すでおじゃる」

 つまり、敵が『マロ』達の動きを押さえたのと同じように、向こうの手出しを躊躇させる。『お前達の手の内は読めているぞ』と脅すのだ。

 そう口にしてしまえば容易く聞こえるが、その実態は犯人の尋問以上に地道な作業の集合体である。具体的には、

「今やっているのは、『空』の監視でおじゃるな」

 まっ先に疑うべき連絡手段。つまりは、無人飛行物体や通信状態の監視。

「何か見つかったの?」

「何も引っ掛からないでおじゃる」

 しかし、その成果は芳しくはなかった。そもそも、人工の飛行物体や、電波そのものが殆ど引っ掛からないのだ。得度兵器の飛ばす、解読不能の長距離通信。未だ機能し続ける、人類の遺構が発する電波類。そういったものを割り引いてしまえば、現在の人類が発する電波など僅かなものに過ぎない。

 なればこそ、取り逃すこどなど有り得ない。どれ程暗号化されていようと、通信の出元程度は分かる筈だ。

 『マロ』の動きを察知し、通信を止めたのだろうか?それはそれで構わない。その間に、ゆっくりと可能性を潰していけば良いのだから。やるべきことは変わらない。

「考えられるのは、もっと高度な通信手段か……もしくは、原始的な手段でおじゃる」

「……よくわかんないです」

「高度というのは、レーザーや、より完全な指向性を備えた通信とかでおじゃるな。今の人類のレベルで、大規模なものはそうそう維持できないと思うでおじゃるが……」

 『マロ』は作業の手を休める。監視は基本的には機械任せだ。AIで観測データをフィルタにかけ、そこから怪しいものを人力で選別する。

 手を止めても、未処理のデータが溜まるだけだ。どの道、この方針は既に煮詰まっていた。

「原始的、っていうのは?」

「そうでおじゃるなぁ……有線通信、人力……後は、狼煙や伝書鳩とかもあるにはあるでおじゃるが」

 どれも、欠陥を抱えている。

「伝書鳩?」

「訓練した鳩に、記録媒体を持たせる方法があったでおじゃるよ」

「じゃあ、伝書ツバメとか、もしかしてそういうのもできるの?」

 何かが琴線に触れたのか、ヤオは目を輝かせて『マロ』に尋ねる。

「知らんでおじゃる。そんなものを使われたら、お手上げでおじゃるな」

 後半の通信手段は、単に思い付いたので口に出してみたに過ぎない。ヤオには却って新鮮に映ったようだが、まさか今時、生き物に通信を担わせる人間も居まい。

 それに……人間が介在する手段は、今回は省いて良いだろう。相手がそもそも人間を信用していないだろう、という推測もある。加えて、いちいち間諜《スパイ》を疑っていては行動速度が鈍る。

「……監視のための『目』もある筈でおじゃるが……」

 人を頼んで集落を攫うことすらしたが、今のところ発見は無い。

 考えられるのは人工衛星や成層圏に滞空する航空機を用いた監視網くらいだろうか。だが、そんなものを利用できるならば他の使い道がいくらでもある上、通信そのものが観測されない、という事実と符合しない。

「結局、人力なんでおじゃるかなぁ……」

 相手の居場所も、目的の詳細もわからぬままだ。しかし高確率で、相手は何らかの方法でこちらの状況をモニタリングしている筈なのだが。その方法が分からない。何か、見落としがある筈なのだ。


 こういう時は、前提を一度リセットするに限る。

「……相手の何を知りたいと思うか、でおじゃるな」

 必要な情報から、手段を逆算するのだ。

「仲良くなりたい、ってこと?」

「違うでおじゃる」

 仕掛けられたのは、パイプラインの破壊工作。それによる、集落の分断・撹乱。その成否を確認するには、どうすれば良いのか?

「……『マロ』さん、私そろそろあっちの様子を見てこないと」

 ヤオは、日課のパイプライン点検のために立ち上がる。

「もう、そんな時間でおじゃるか……付きあわせてすまなかったでおじゃる」

「ううん、私も、心配だったから」

「こんな状況でおじゃる。今日ぐらいは休んでもいいと思うでおじゃるが……」

「でも、こんな状況だから、やっぱり見てこないと」

 彼女は、徳カリプスで彼女を残して成仏してしまった両親の責務を受け継ぎ、パイプラインの保守管理を行っている。それは亡き家族との絆、と言い換えることもできるだろう。


 少女が去った後。『マロ』は考える。

 今まで顔にこそ出していないが、今回の事件で一番堪えているのは彼女だろう。親から託された……少なくとも、彼女がそう思っているであろうものを傷付けられたのだから。

 集落の要であるパイプラインを、扇動によって内部の人間によって破壊させる手管など、『マロ』ですら予想し得なかった。

 いや……

「そもそも何故、パイプラインを狙ったでおじゃる?」

 今までは、集落の要だからこそ、破壊工作の対象としてパイプラインを狙ったのだ、と。そう思っていた。

 だがそもそも、

 例えば……そこを狙う以外に、工作の結果を確認する方法が無いのだとしたら?

「……もしそうなら、麿はとんだ阿呆でおじゃる」

 徳エネルギーパイプラインは、徳エネルギー時代の最も重要なライフラインである。当然、ただパイプが設置されている、という類のものではない。欠陥修復や自己診断機能の付加された、高度機能性材料。状況を地上へ伝えるためのデータ通信ケーブル。それらが融合した複雑な構造物だ。

 ……パイプライン破壊工作の結果を見るには、パイプラインそのものを監視すれば良い。余りにも当然の帰結だ。

 大仰な有線ケーブル敷設など必要ない。パイプライン本体の構造体から、情報を盗み出せばいい。

「仏法遙かにあらず、心中にして即ち近しでおじゃるか」

 小難しい言い回しをする『マロ』だが、つまりは、灯台下暗し、ということだ。余りにも近すぎたが故の盲点。『アタケ』は、海から来たという証言もあった。そして、パイプラインの監視。

 ……敵は、海に居るのだ。

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