第82話「序曲」

 海賊船。一言で表現するならば、その船はそう呼ばれるべきだろう。

 とはいえ、中世の海賊が好んだような小型帆船ブリガンティンではない。滑らかな複合材料の船体を持った、複胴構造の中型船だ。

 だが、甲板を覆っていた太陽電池パドルは撤去され、代わりに雑多な装備や武装が設置されている。如何にも急場の改造らしく、船体上を剥き出しのパイプやケーブルがのたくっている場所すらある。

 この船こそが、瀬戸内海を拠点とする海上生活者組織、『船団』の誇る最大戦力たる改造武装船舶。名を『セミマルⅢ世』という。

 徳エネルギー時代。人類は戦争を捨て去り、それと共に高度な兵器製造技術をも喪った。だからこそ、『セミマルⅢ世』の武装は、人類最盛期の技術を維持する得度兵器と比べれば数百年以上の開きが存在する。

 だが、そんなことは関係ない。兵器の優劣は、必ずしも戦闘における敗北を意味しない。兵器に使われる技術に何百年の開きがあろうと、銃は、砲は、爆薬は、野蛮な物理法則に従い機能し、相手を殺傷するのだから。

 加えて……彼等の仮想敵だった得度兵器には、大きな足枷が存在する。『人間を殺さない』、という呪縛が。

 得度兵器は、人を救うために存在する。それは、この船を操る者等にとっては、ただの戦術的・戦略的優位の材料でしかない。

 解脱という救いに少しでも縋るような人間は、何処かで脱落した。救いを求める心は、過酷な戦いには耐え続けられない。


「……つまり、戦闘は近いんだな」

「ええ、そうなりますねェ。なので一応、様子を見て来いと」

 『セミマルⅢ世』の船長室。そこでは、『アタケ』と、白い髭をたくわえ、船員制服に身を包み、肩に四本の線の入った肩章を身に付けた男……即ちこの船の船長とが将棋板を挟んで向かい合っている。

「……勝てますかねェ?」

 『アタケ』は船長に問う。

「10手先で、君の詰みだ」

 船長は答える。

「いえ、戦闘の話ですよ」

 『まいった』のジェスチャーをして、『アタケ』は将棋板を片付け始める。

「私の船は、過去最高の状態にある。言えることは、それだけだ」

 船長はそう返す。だがその口調には、自信が溢れていた。だが、『アタケ』は貼り付いたような笑みを崩さない。

「それは何よりですねェ」

「『船団長』にも、そう伝えてくれたまえ」

「そう伝えときますよ。お仕事ですからねェ」

「ついでだが、徳エネルギーの『備蓄』がもう少ない。割当の増加を申請しておいてくれ」

「まったく、人遣いの荒いことで……根城に帰ってきた採掘屋なんてものは、陸に上がった船乗りのようなモンですねェ」

 『アタケ』は船長に笑みを向ける。

「なら我々もこれからは、、ということなのかな」

「どうなりますかねェ……」

 『アタケ』は少し考える素振りをする。『船団』が結成された時から延々と続くこの計画が仮に成功したとすれば、そういうことになるのか。

「まぁ、船に乗ることぐらいはできるんじゃないですかねェ」

「心の篭っていない慰め、感謝する」

「いえいえ、たいしたことじゃないんでねェ……それじゃあ、自分はこれで」

「次は、本気で指し合えることを願うよ」

「何のことやら」

「……まぁいい。では、我らの勝利の為に」

「では、勝利の為に」

 挨拶を交わし、『アタケ』は退室する。彼が退室した後、

「……つまり君は相変わらず、自分を勝利の頭数に入れる気は無いのだな」

 船長は帽子を目深に被り、一人呟く。

 船団の謀略は、壮大なマッチポンプだ。そのための言わば火付け役を、彼はたった独りで担っている。安心して暮らすことのできる大地を手に入れる。全ては、そのために。


 『船団』の計画は、大きく三つの段階に分けられる。第一段階。集落内における不和の醸成。徳エネルギーパイプラインに対する破壊、及び妨害工作。ここまでは、事は順調に推移している。

 そして……第二段階。第一段階の成果による、。未だ静観を続ける彼等だが、徳島に異変があれば、彼等は必ずや海を渡るだろう。そのための仕掛けも、既に済んでいる。

 最終段階。船団の全戦力を投入じた、得度兵器の水際での迎撃。彼等自身が誘発した侵攻を、彼等自身が撃退することで集落へ恩を着せ、得度兵器達には渡海侵攻の失敗という記憶を刻む。

 それは、最早机上の空論ではない。可能とするだけの戦力は整った。上陸時を狙えば、侵攻阻止は十分に可能という目算が立っている。

 加えて、仮に万一阻止に失敗したとしても、『船団』は海へ逃げることが出来る。得度兵器といえど、徳島支配を完了するには時間も掛かろう。付け入る隙は幾らでもある。

 酷く婉曲な、しかし誰の徳をも損ねることの無い作戦。ただ一人、第一段階の工作に当たる男を除いて。それが『船団』の計画の全容だった。 どうしようもなく稚拙で、迂遠で、穴も多い。だが、それは彼等の希望だったのだ。


 希望は止まらない。例え、どれだけの人々を絶望に追い遣ろうとも。





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ブッシャリオンTips セミマルⅢ世

 瀬戸内海の海上生活者達のコミュニティ、『船団』の保有する船。

 戦闘艦の建造ノウハウは喪われて久しく、この船も積載量と船体強度に余裕のあった高速輸送船に、簡易的な追加装甲と武装を施したに過ぎない。

 主砲として原始的なレールガンを装備するが、船舶に対するノウハウの不足から、最大出力で発射した場合、船体に亀裂が生じる危険性すらある。

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