第81話「作戦と陰謀」
「作戦を考えるでおじゃる」
「作戦……ですか?」
パイプラインを巡る事件は一先ず収束し、『マロ』の屋敷は何時もの落ち着きを取り戻していた。
「……相手の手の内を読むでおじゃる」
「でも、解決したんじゃあ……?」
そう聞かされていたからこそ、ヤオは『マロ』の言葉に首を傾げる。
「それが、まだなんでおじゃるよ……」
そう口にしながら、『マロ』は溜息をつく。彼もまた、今回の事件の裏を彼女へ話すべきか随分と悩んだ。だが、無用の混乱を避けるためとはいえ、得度兵器との『取引』を取り立てて公にしてこなかった彼の秘密主義こそが、事件のそもそもの発端である。
同じ轍を踏む訳には行かない。加えて、パイプラインの管理を担当する彼女は事件の当事者なのだ。
『マロ』は慎重に言葉を選びながら、事件の裏に居る黒幕、村の外に利害を持った何者かについて語る。
「……つまり、悪い人が居るんだね」
「まぁ、概ねそういうことでおじゃる」
そう。この事件を企んだのは、紛れもない悪人だ。己の利益のために他人を意図して騙す種類の人間。それも、島の人々を危険に晒すことも厭わない。
余りにも危険な存在だ。それは取りも直さず、他人の命すらも犠牲にできる、ということに他ならないのだから。
「で、『マロ』さんはその人を捕まえたい?」
「そうでおじゃる……ただ、時間をかけすぎたでおじゃる」
関係者の洗い出しと取り調べで、既に数日が過ぎてしまった。この手の悪事が久々に過ぎて、加減や勝手を忘れていたのもある。だが、身も蓋もなく言ってしまえば……『楽しみ過ぎた』。
わずか数日。そのツケは、致命的な時間のロスと成り得る。島外へ逃げられてしまえば打つ手は無い。村の様々なしこりを解消するのには、まだ時間が必要だ。加えて、先の事件に乗じて、得度兵器が渡海侵攻を企てる恐れすらある。
有り体に言って、今の『マロ』は身動きが取れない。もし仮に、犯人が狙って今の状況を作り出したのならば悪魔的、いや仏陀的とすら呼べるだろう。
一先ず真犯人は放置し、村の『守り』を固めるのが上策。それが『マロ』の辿り着いた結論だった。犯人の目的が徳資源のみなら、『マロ』を初めとする徳島の人々の動きを押さえるだけで事足りる。
それだけならば。だが、工作にここまでの労力を割く相手の狙いが、足止めだけと考えるのは不自然なのだ。それでも、『マロ』には手が出せない。集落の人間を遣うのも論外だ。逆に懐柔される恐れすらある。
犯人は特定できている。それでも、手が出せないという歯痒い状況。
「……じゃあ、もう一度来てもらう、っていうのは?」
袋小路に陥っていた『マロ』の思考を止めたのは、少女の何気ない一言だった。
「いや、それは無理でおじゃる。捕まるとわかるっている場所に、ノコノコ顔を出す人間はおらんでおじゃるよ」
だが、『マロ』もその可能性は既に考えた後だ。
「せめて相手の目的や背景の情報がないことには、どうしようもないでおじゃ……」
そう、言い掛けて。
「おじゃ?」
「……そうでもおじゃらん」
『マロ』の脳裏に、思い当たる節があった。真犯人の『アタケ』とやらは、集落の人間を懐柔し工作を行わせた。では、その効果を彼はどう確認するのか?
工作を行った当人に聞く?
まさか。彼が行ったのは、
直接手を下さない分リスクは低いが、他人任せの不確実な手段。そんなものを、人を操るような人間が、果たして信用出来るのか?
少なくとも、『マロ』の記憶は否と言っている。
集落や『マロ』の動きを押さえ、コソコソと徳資源を奪うだけの作戦ならば、工作の効果を確認する必要は無いやもしれない。だが、それ以外の何かを企んでいるならば、恐らくは必ず、何らかの確認手段がある筈だ。
「手は、あるでおじゃるな」
『マロ』の顔に笑みが戻る。付け入る隙は、まだある。糸はまだ繋がっている。
「また怖い顔してる……」
「いや、少し試したいことができたでおじゃるよ」
半ば呆れるヤオに向かって慌てて表情を取り繕いながら、彼は手管を考える。
これは、言わば釣りのようなものだ。上手くやれば、相当な大物がかかるやもしれない、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます