第九章

第80話「採掘屋」

 闇の中、青く光る海面。静かにその上に浮かぶ、幾つもの船。

 闇を照らすそれは、徳エネルギーの輝きではない。ウミホタルと呼ばれる甲殻類の放つ光だ。

 『放生』と呼ばれる、仏教における善行がある。殺生の危機にある生物を解放することで功徳を得る行為だ。古くよりこの国では人工的に鰻、鳥、亀などを放生する儀式が行われてきた。徳エネルギー時代、『放生』は拡大解釈され、人類は絶滅危惧種を救うため大規模な生態系修復を幾度となく試みた。これはその成果の一つである。

 それは徳の高い行いであったのかもしれない。少なくとも、それによって齎された海洋資源は、徳カリプス後の人類を生き延びさせる大きな糧となっている。


 だが、その光が照らす船団に人々は……そうした徳の高さとは無縁の存在だった。

 彼らは、元を辿れば徳カリプスによって陸を追われた者達である。解脱エネルギーによる破壊と、ライフラインの寸断。そしてその後の得度兵器の侵攻を生き延びた人々は、海上、或いは離島での生活を余儀なくされたのだ。

 有り合わせの船で海に出た水上生活者達は、やがて身を寄せ合い、船団を形成した。そこには様々な船があった。船とすら呼べぬものもあった。小さな漁船やボート、大型の客船、液体輸送船タンカー、海上寺院、果ては巨大な浮体構造物メガフロートまで。

 豊富な魚介類と、塩生作物による農耕。真水の確保にさえある程度目を瞑れば、船上生活は困難こそあれ、決して不可能ではなかった。

 問題は、得度兵器である。人類総解脱を至上命題とする機械達は、水上の船団を決して見逃しはしなかった。そして……水上生活者達の主に暮らす内海は、機械達の物流の要所でもある。

 得度兵器の原材料マテリアルを運搬する無人輸送船と、それを護衛する水上型得度兵器達。

 幾度となく繰り広げられた戦いの果て、人々はいつしか武装を試みるようになった。彼等は、最早無辜の水上生活者ではなかった。今の彼等を表現するならば……海賊、という言葉がもっとも相応しいだろう。奇しくも、と言うべきか。彼らの暮らす瀬戸内海は、古来よりの海賊の拠点でもある。

 彼らは求めた。生活の安寧を。それを維持するための徳エネルギーを。そして……やがては、大地に根を下ろして生きることの出来る場所を。

 徳島。得度兵器の脅威も、エネルギー枯渇の恐怖も無く人々が生きるその地は、今や海賊達にとってシャンバラにも等しい場所であった。


 青い微かな光に照らされる海賊船団に、一艘の小さな漁船が近付いて行く。小船に乗るのは、一人の男。小船を発見した船団の発光信号で、男の顔が照らし出される。

 長く潮風に曝された皺の残る顔立ち。鉤鼻に丸眼鏡。頭にはトライコーン。顔には、その出で立ちに不釣合いな、張り付いたような笑み。

 彼こそが、『アタケ』と名乗る男。徳島の集落に不和の種を撒いた張本人。そして……この船団に所属する徳エネルギー採掘屋だ。

 男は船の投光器を操り、船団に向けて予め定められた符牒で返答する。


 『作戦は順調に進行中』……と。



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ブッシャリオンTips 採掘屋

 徳カリプス以後に現れた、徳遺物を漁る人間達の総称。アフター徳カリプスの時代、全国規模の情報ネットワークは軒並み寸断された状態であるため、特に決まったスタイルなどがあるわけではなく、その呼称や活動内容は各地で微妙に異なる。

 固体化徳エネルギー、ソクシンブツ、或いは空より落ちてくる仏舎利などが彼等の主な標的である。また、マンハントに走る採掘屋も存在する。しかし徳遺物を入手できたとしても徳ジェネレータが無ければ意味を成さない為、絶対数は少ないのが現状である。

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