第79話「悪意の源」

 『マロ』は、少年の情報を元に事件に関与した集落の大人達を呼び寄せ、同じように問い詰めた。それは根気と忍耐の必要な作業だった。

「……その、彼等に罰を与えずとも宜しいのですか」

「あー……その辺は、適当にやるでおじゃる。麿は別に支配者じゃないでおじゃるし?自分の首を締める阿呆の相手をするほど、麿は暇ではないでおじゃる」

 日を追うごとに消耗していく集落の長を見遣りながら、『マロ』は嘆息する。

 とはいえ。集落に無関心だったことが、今回は完全に裏目に出た形だ。人間同士の関係はギブアンドテイクだけで割り切れるものではない。

 そんな単純なことすら抜け落ちるほど鈍るようでは、スローライフも潮時やもしれない。そんなことを考えつつも、『マロ』の脳内は事件の首謀者をどうやって探し出し、どんな目に遭わせようか、という思考で満たされていた。

 己が直接手を下すことなく、不和の種を蒔いた異物。徳エネルギーの時代にあり得べからざる存在……といえども。幾ら徳に背を向けた、徳カリプスの生き残り達と言えども。遥か昔の、徳エネルギー普及以前の化物のような人々と比べれば、まだ可愛らしいものだ。

 不死者の彼にとっては、この事件も結局のところ思わぬ暇潰しに過ぎない。死に至る病を、一時鎮めるための鎮痛剤の一つに過ぎない。彼を慕うあの少女と同じく。

 それは、ある種の慢心だった。不死者の宿痾でもあった。を生きる者達の必死の足掻きを、永き時の中で摩耗した彼はどうしようもなく軽んじていた。


 兎も角、数日に渡る尋問の成果は、『マロ』に重大な収穫を齎していた。集落の大人達は、少年とは異なる方法によって籠絡されていた。かねてよりの生活格差に対する不満を突く形で、彼等はパイプライン停止の片棒を担がされていたのだ。

 即ちそれは、村人達を唆したのが確かに悪意ある人間であることの証だ。

 その何者かが、集落の外から来たことも判明した。狙いは……『マロ』の持つ旧時代の技術か、それとも徳島に眠る徳エネルギーか。その辺りは、本人を捕まえて追々問い詰めれば良いだろう。

 集落の外から来た人間。意外なことに、それは集団ではなく一人だった。いや……実際には、幾人かが密かに紛れ込んでいたのかもしれないが、少なくとも目立った動きを見せていたのは、たった一人だった。

「……アタケ」

 『マロ』は、その名を口にする。恐らくは偽名だろう。彼は海からやって来た、と皆が口を揃えて言っていた。最初は海産物の取引などを持ち掛け、自分と会ったことは秘密にしろ、と口止めをしたそうだ。

 小さな秘密は、小さな後ろめたさを産む。そうして、不和は育まれたのだろう。

 海の向こう。そこは、得度兵器の領土の筈だ。ならば、彼は何処からやって来たのか。どのようにして、生き延びているというのか。そして、何故。この地に悪意を振り撒こうとするのか。

 謎は膨らみ続ける。不死者の手慰みに収まりきらぬ程に。



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 古来より、エネルギー資源は様々な争いの種となってきた。そして徳エネルギーは、無形であるからこそ、争いの種となることを避けることができた。

 だが、仏舎利を巡る大いなる争奪戦グレート・ゲームが嘗て危惧され、そして今正に現実になろうとしているように。奪い合える形となってしまえば、徳エネルギーもまた例外とはなり得ない。

 徳カリプスによって生まれた、ガラス化した土と混じりあい、固体化された徳エネルギー。徳島に存在するその総量は、現在の人類の文明規模が仮に続くとしても、一世紀分をゆうに超えるだろう。

 そして……一度そうなってしまえば、徳資源を求めるのは得度兵器達ばかりではない。徳カリプスを生き延び徳に背を向けた人類もまた、徳資源を追い求める。我々は、彼等を知っている。

 アフター徳カリプス14年。徳エネルギー文明の崩壊を辛くも生き延びた人類の多くはソクシンブツをはじめとする徳遺物を発掘し、僅かな徳エネルギーで糊口を凌ぐ。


 今日を生きるため、嘗ての徳を漁る者達。人は彼等を、採掘屋と呼んだ。



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▲黄昏のブッシャリオン▲第九章へ続く

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