第78話「尋問と犯人」

「……一時間待つでおじゃる。この少年を、麿の前へ連れて来るでおじゃる」

  集落の長の前で、『マロ』はそう告げた。

「あの、『マロ』さんは話を聞きたい、と……」

 ヤオがそう付け加えるも、長は怯えながら平伏することしか出来ないでいる。

 長は知っているのだ。彼が今の生活の生命線を握ることを。


 一時間もせぬ内に、少年は『マロ』の前へと引き出された。引き出された、というのは両脇を屈強な男たちに固められているのだ。恐らく、無理矢理連れ出されたのであろう。まだ10歳に届くか届かぬかであろう年端もいかない少年は、唇を噛んだまま気丈に『マロ』を睨みつけている。

 その様子を、『マロ』は笑顔で眺めている。

「……てっきり、逃げると思ったでおじゃるが」

 『マロ』は少年へ微笑みかける。

「少し、話をきかせて欲しいだけでおじゃる」

 その笑顔を見たヤオの背筋に、得体の知れない不安が走る。『マロ』は笑みを湛えたまま、少年の顔をまじまじと眺める。

「悪いことをした、とは思っていないようでおじゃるなぁ……」

 ぐるん、と首を回し、『マロ』の笑顔がヤオの方へと向けられた。

「ひっ」

ヤオの口から、思わず小さな悲鳴が漏れる。

「少し、席を外していて欲しいでおじゃる。長殿も」

「う、はい……」

 何時もと様子の違う『マロ』に気圧され、ヤオはすごすごと従った。

「宜しいのですか、この者が危害を……」

「構わんでおじゃる」

 危惧する長を押し留める『マロ』。

「それでは、私達は外に居りますので……何かあれば、呼んでくだされ」

 ヤオと長、少年を取り押さえていた男達も退室し、残されたのは『マロ』と少年の二人だけ。

「さて……麿も、別に取って食おうと思ってはおじゃらん」

 表情を緩め、座布団を寄せて少年との距離を詰める『マロ』。

「ただ、どうしてこんなことをしたのか、知りたいだけでおじゃる」

 少年は変わらず彼を睨み続けているが、『マロ』の見立てでは、微かに戸惑いが見え隠れしている。恐らくは皆の前で詰られ、裁かれることを予想していたのだろう。

「正直に言うならば、何もしないよう長殿にも言い含めるでおじゃる」

 相手の予想と異なる待遇を用意し、揺さぶりをかける。これは古典的な尋問の手法だ。その手の手管ならば、『マロ』は幾らでも心得ている。

 だが、少年は答えようとはしない。『マロ』はただ、待ち続ける。

「……どうして、あんたは」

 数分後、震える声で少年の口から漏れるのは、そんな疑問だった。

「はて……麿が何かしたでおじゃるか?」

 得体の知れない平安貴族と二人きり、という非日常の重圧ストレスは、それだけで少年の心に確かな負荷を与える筈だ。後は、少年がよりストレスを感じるよう、理解不能な者を演じ続けながら、少年の意志が挫けるのをただ見守ればいい。

 だが、

「……あんたは、海の向こうの奴等と取引した」

 続く言葉を聞いた『マロ』の手から、扇が滑り落ちた。

「今、何と言ったでおじゃるか?」

「あんたは、機械達と取引した、って言ったんだ」

 機械。得度兵器ブッダ・エクス・マキナ。この徳島には存在しない、必然、この島の住人達の知る筈の無い情報。

 特段秘密にしている訳ではないとはいえ、何故、それを少年が知っているのか。

 『マロ』の顔に笑みが戻る。こんなところに手掛かりを残すとは、は存外と間抜けのようだ。厳密には取引というよりも一方的に仕掛けた計略なのだが、それはこの際些細なことである。

「それの何がいけないんでおじゃる?」

「この島から送られたエネルギーで、機械が沢山の人達を殺すんだ。だから……」

?それがどうしたでおじゃるか?」

 『マロ』とヤオの維持する徳エネルギーパイプラインが、得度兵器達にエネルギーを送り届ける。得度兵器達は、そのエネルギーを使って生き残った人々を解脱させるのだろう。

 細かな勘違いはあるが、少年がこの事件の黒幕……何処ぞの某から得たであろう情報は大筋間違っていない。

「だから、自分達だけ助かろうなんて……」

 確かに、他を犠牲に己と、身近な者達を守ろうとするのは、決して徳の高い行いではないだろう。

「そう言って、皆を巻き添えに死ぬ積りでおじゃるか?エネルギー供給が絶たれれば、怒り狂った機械達が海を渡って攻めて来るでおじゃる」

 だがそれを捨てる選択は、集落全員を巻き込むのだ。功徳の代償は、この島に住まう者全員の命。

 そんな選択は、どれ程正しかろうと、どれ程気高かろうと。少なくとも『マロ』にとっては意味がない。

「全滅するような選択は、世捨て人の麿といえど、見過ごす訳にはいかんでおじゃる。それに……それは、自分だけで考えたことではないでおじゃろう?」

「は、はい……」

 少年の顔に、怯えが見え始める。自分の為したことの意味を薄々ながら認識したのだろう。あとひと押しだ、と彼は冷徹に分析する。

 止めとばかりに『マロ』は少年の傍に擦り寄り、


「教えろ。

 これまでと打って変わったドスの利いた声でそう囁いた。

 少年に情報を吹き込んだのは、集落の外の人間だ、と『マロ』は結論していた。そして、丸め込まれたのが少年一人、とは限るまい。

 小さな集落の何処まで根を張っているのか。その源が何処にあるのか。徳島の住民を、得度兵器を利用し全滅へ追い込もうとしたのが誰なのであるのか。

 『マロ』は、何処かで死を望み続けている。だから、死ぬのはいい。もう慣れた。だが、殺されるのは……何度味わおうとも嫌なものだ。彼にとって、死ぬことと殺されることの違いは、そこに悪意や敵意が介在するか否かだ。

 そして誰かが、この島に悪意を持ち込もうとした。

「……この代償は、高くつくでおじゃる」

 少年の尋問を終えた『マロ』は、小さくそう呟く。徳エネルギー以前の世界を知る者にとって、その企みはあまりに稚拙だ。それでも、座して見守るという訳には行かない。芽は小さなうちに刈り取らねば、やがてどのような花を咲かせるか知れたものではないのだから。

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