第三部『転生理論』

第八章

第70話「徳溢れる島」

 四国と呼ばれる島があった。嘗ての日本という国を構成する主要四島の中で、最も小さく、最も早く衰退の魔の手が及んだ場所。

 徳エネルギー時代、四国は紆余曲折の果てに徳島と名を変え、オヘンロ・エンジンを擁する西日本最大の徳エネルギー生産基地として再生した。

 だがそれすらも、既に過去の話だ。今、徳溢れる島に広がるのは半透明の赤い結晶に覆われた大地。強制成仏によってすら消費しきれなかった余剰徳エネルギー粒子ブッシャリオンと解脱エネルギーによって溶解した土やコンクリートなどが混ざり合い、ガラス化した奇跡の断片。重度功徳汚染地帯の証。そして……あの、赤い雪の源。

 このような重度汚染地帯は世界中に幾つも存在する。それは、あらゆる人類が解脱した果てに待つ死の国。生命なき荒野。この世で最も涅槃に近い場所だ。だが、人類は滅びてはいない。浄土へ至れぬ者達は、それでもまだ、この地で生き続けている。


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「……ぷはぁっ!」

 水面に顔を出す、ウェットスーツ姿の女性。

「今日も、異常は無しか……」

 顔の全面を覆う電子水中ゴーグルを無造作に引き上げ、彼女の素顔が外気に晒される。年の頃は15、6程だろうか。よく日焼けした、まだ十分に少女と呼べる横顔に海水の雫が垂れる。

 少女は水上で暫く息を整えた後、海岸へ向かい泳ぎ出した。彼女の遥か遠くには、巨大な吊橋の橋梁がその骸を静かに横たえる。巨大な渦潮を湛える海を、少女は容易く泳いでいく。

 彼女の名はヤオ。今は亡き彼女の両親は、この海峡を渡る大鳴門海底徳エネルギーパイプラインの管理者であった。

 総延長1098km。人類の作り出した、最大級の循環型徳エネルギー機関。オヘンロ・エンジン。現代文明の生み出した万里の長城。

 そこで生産される徳エネルギーは徳島島内での消費量を遥かに超え、余剰はこのパイプラインを通じて近畿・瀬戸内の工業地帯・人口密集地へと送られていたのだ。

そのパイプラインは、未だ稼働を続けている。海の向こうの『誰か』の下へ、徳エネルギーを供給し続けているのだ。だからこそ、彼女もまた既に亡き両親の後を継いでパイプラインの点検作業を続けている。

 だが、徳エネルギーの源たるオヘンロ・エンジンは既に無い。

 14年前。地球全域を覆う強制解脱現象、徳カリプスによって徳島は壊滅的打撃を受けた。海底のパイプラインは殆ど無傷だったが、オヘンロ・エンジンを構成していた地上の徳ジェネレータ群は全損。大半の住民が解脱し、僅かに生き残ったヤオ達も、一時は生活にすら困る有様であった。

 しかし、徳エネルギーの供給は程なくして復旧された。徳カリプスの跡地に残された、『赤い石』。それが今の彼女達を支える動力源だ。

 そして徳カリプスによって破壊された徳ジェネレータは、それから程なくしてやって来た異貌の男が復旧した。

 白塗り顔のおかしな喋り方をするその男は、郊外に巨大な屋敷を構え、機械達を召使にしながら誰とも会わずに暮らしている。一人の少女……ヤオを除いては、だが。

「おじさん!おじさん!『マロ』さーん!」

「……麿は、『マロ』という名前ではないでおじゃる」

 海から上がったヤオは、普段着に着替えて郊外の屋敷を訪れていた。広大な寝殿造りの屋敷、その門の前に立つのは、白塗り顔の狩衣姿の40絡みの男。

 少女と戯れる彼こそが、徳ジェネレータを復活させた徳島の救世主。そして……徳エネルギー文明の生み出した、最後の不死者であった。



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ブッシャリオンTips 『マロ』(仮)(Lv 1)

 不死の徳エネルギー専門家、最後の一人。徳カリプス後は徳島へ移住しスローライフを送っている模様。田中ブッダを越える人間嫌いだが、特定の人間には心を開くこともある。平安貴族のようなスタイルも含め、彼の研究内容が関係しているらしい。

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